「言葉の意味」を追い求め

こんにちは。tigubaguこと桂木大輝のブログへようこそ。発達障害当事者、ひきこもり経験者の僕が日々感じたことを徒然なるままにつづっていきます。読んでくだされば幸いです。

目の前のことを1つずつ

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

目の前にあるやることを1つずつ1つずつやっていくこと。

できることと言えばこれだけです。

僕の場合は前日の夜に明日やることを紙に書きだして、翌日一つ一つそれらのタスクをこなしていきます。

 

なぜ今回このようなテーマのブログを書いたのか。

それはここ最近、僕が自分には何もできない、と自己嫌悪の念に駆られていたからです。

こういう自己嫌悪の渦に絡み取られてしまった場合、心だけで解決を図ることはほとんど不可能です。

心の問題を心だけで解決しない、実際に身体を動かして、行動を起こすことによって、デトックスしていく。

僕はこれが大切だと思っています。

「何もできない」、と感じたら目の前にあるできることを1つずつやっていく。

実際に行動を起こすことで心の中の不安やイライラは一時的ではあれど雲散霧消してくれます。

 

今日もやることをやります。

 

今日もよろしく。

 

掃除の効用

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

掃除にはとてつもないデトックス効果があります。

心のモヤモヤ、イライラ、溜まっているエネルギーをいい具合に放出して、外に出してくれる。

イライラしているとき、焦っているときは掃除をしてみる、というのを習慣化してみるといいかもしれません。

ここ3日お皿洗いをいつもより丁寧に行ってみることにしました。

すると心の中のモヤモヤ、イライラが(その場限りではあれど)スッと消えていくのです。

何かに集中したいときにも少し掃除をしてから取り組むと、心が整って集中力が増します。

 

掃除おすすめです。

今日もよろしく。

 

 

誰のためって自分のため

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

何かのために頑張るのは基本「自分のため」って僕はしています。

なぜならこの部分を「誰かのため」と設定してしまうと、ほぼ間違いなく相手からその行為に対する見返りを期待してしまうからです。

 

こんなに俺は頑張っているのになぜ誰も認めてくれないんだ!

こんなに頑張ってるんだ評価されてもいいだろう!

誰かのために頑張っている!と行動理由を設定してしまうとムキムキとこういった感情が湧きだしてきます。

 

僕の場合ですが、たとえその行為が誰かの助けになる行為であっても「自分のためにやってる」と言い聞かせています。

例えば他者に親切にする行為。これも自分のためです。

なぜなら他者に親切な行為をすると、自分が気持ちいいからです。自分が前向きな気持ちになれるからです。

自分が気持ちよくなりたいから、自分のために他者に親切にするのです。

だから親切にしたからといって見返りは期待していません。

 

もちろん人によっては「誰かのために頑張ってるってしたほうがモチベーションが上がる!」という人もいると思いますが、その人の考えももちろん素敵です。

ただ僕は「自分のため」と設定したほうが、見返りを期待せずに済むし、自分の成長を強く意識できるので、いいということです。

 

はい、てことで今日もよろしく!

 

始めてマッサージを受けに行ってきた

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

これを書いているのが3月2日で、2日前の2月28日に生まれて初めて本格的なマッサージを受けに行きました。

毎日の生活の中がでパソコン作業が多いので肩と腰がプリズンブレイクを起こしかけていたのでマッサージを受けることにしました。

 

とはいえ初めてのマッサージ。

極度の人見知りの僕が緊張しないわけもなく、予約する段階から行きやすそうなお店かどうかを徹底的にチェックしました。

 そもそも偏見かもしれませんがTHE”マッサージ”っていうのは主に女性がメインで行くところなのかなと思っていました。

実際お店の雰囲気も女性向けな感じがしましたし、ホームページに移っている人物像もどれも女性の方ばかりでした。

だから余計に男の僕がマッサージに行って変な目で見られないだろうかと緊張は高まりましたね。

結局、家の近くのマッサージ店を予約することにしました。決め手となったのはホームページのQ&Aに「男性の方でも気軽にご来店ください」とあったのでそれを信用することにしたことです。

 

当日そのマッサージ店に行き、施術を受けました。

結果は、最高でした。

それはもう本当に最高でした。

マッサージをしてくださる方のトークスキルが良くて特に緊張することもありませんでしたし、何より驚いたのはほとんどが男性のお客さんでした。

仕事帰りの人、ラフな格好で来てる人、様子は人それぞれでしたけれどこんなにたくさん男性のお客さんってくるんだなということに驚きと安心を覚えました。

 

すごくいいマッサージを受け、ストレッチの方法もいくつか教えてもらい、その場で次回の予約もするくらいには気にいりました^^

 

マッサージというリラックスの選択肢が増えたことはとても僕にとって大きなことです^^

 

はい、ということで今日もよろしく。

幸せを享受できる力

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

ある研究では、男性において、生涯独身でいるよりも、一度結婚して離婚をした人の方が自殺リスクは数倍も高くなる、との研究結果がある。

(結婚を幸せと取るなら)幸せを知らず平坦な道を歩くより、一度幸せを経験してしまったぶんその落差に人は耐えることができなくなる、ということだ。

 

概して「幸せ」というのはどれも上記のような形をとっていると僕は思う。

幸せが一番の不幸をくれる、じゃないけれど、幸せを知ってしまった分それがなくなったときのリバウンドも大きい。

だから幸せを受け取るというのは、こういった意味では覚悟をして受け取らなければならない。

 

僕も学生の頃は幸せそうにしている人たちを見てすごく羨ましかった。

だけれどその幸せに耐えられるだけの力があるかと言えば到底なかった。

結局これも経験していくしかないと思う。

うれしいこと、楽しいことを経験して、その次の虚無の時間を乗り越えて一人前に幸せを享受できるようになっていくんだろうな。

幸せの後の涙もたくさん経験したほうが、後々必ず来る大切な人との「別れ」に対しての心構えができてくると思っています。

 

 

てことで今日もよろしく。

 

夜の思考はロクなことなし

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

僕の体感22時以降に考えることは基本ロクなことがない。

考えてもキリがないことを考え始めてしまったり、

出した結論が次の日の朝振り返ってみたら、なんでこんなことになったの?なんてことはしょっちゅう。

 

夜に出す結論もとても危ない。

特に夜にやるネットでの買い物。

これほしいなと思って深夜に購入してしまい、次の日の朝にあれなんで買ったんだろうかと思いキャンセルしたことが何回かある。

 

夜に思考したり、決断することが危険ということは各方面でたくさんの人が言っているのでどれだけ危険かはお判りいただけるかと思う。

僕の対策法は、「夜は眠剤飲んでとっとと眠る!」

考えそうになったら眠剤を飲む!それで寝る!そしてもしも考えたければ次の日の朝にする!

 

夜の思考は本当にロクなことがないなと最近改めて感じましたので書きました。

 

今日もよろしく

 

 

 

夜の思考はロクなことなし

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

僕の体感22時以降に考えることは基本ロクなことがない。

考えてもキリがないことを考え始めてしまったり、

出した結論が次の日の朝振り返ってみたら、なんでこんなことになったの?なんてことはしょっちゅう。

 

夜に出す結論もとても危ない。

特に夜にやるネットでの買い物。

これほしいなと思って深夜に購入してしまい、次の日の朝にあれなんで買ったんだろうかと思いキャンセルしたことが何回かある。

 

夜に思考したり、決断することが危険ということは各方面でたくさんの人が言っているのでどれだけ危険かはお判りいただけるかと思う。

僕の対策法は、「夜は眠剤飲んでとっとと眠る!」

考えそうになったら眠剤を飲む!それで寝る!そしてもしも考えたければ次の日の朝にする!

 

夜の思考は本当にロクなことがないなと最近改めて感じましたので書きました。

 

今日もよろしく。

 

 

 

「ツッコミ」について

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

お笑いの1手法でもあるツッコミ。

相手がボケたり、おかしなことを言ったら即座にそれを訂正する行為。

関西では日常の会話からボケツッコミがある。

そして今ではテレビの影響もあってか、多くの人がボケツッコミが何たるかを理解しているし、(特に若者の間では)コミュニケーションで実際に使用している。

 

僕の意見。

僕はあまりツッコミという行為が好きではない。

なぜなら「正しさを強要されている」ように感じるから。

もちろんボケツッコミにもいろんなパターンがある。

相手があからさまにボケていて、ツッコミ待ちのようなときはむしろつっこむのが優しさだろう。(もちろんツッコミの程度はあるけれど。)

 

僕が嫌いなのは、自分が何の気なしに言った一言に対し

「それは違うだろ!」、「どういうことだよ(笑)」、「なんでそうなんだよ(笑)!」(一応(笑)とつけていますがツッコミの雰囲気は感じ取ってもらえるかと思います。)

みたいなツッコミだ。

 

僕としては自分がこう思うということを述べただけなのになぜつっこまれなければならない?

なぜつっこまれて笑われなければいけない?

なぜあなたたちの正しさを強要されねばならない?

 

このようなツッコミが飛んでくる背景には暗黙の了解としての「正しさの共有」、「常識の共有」なるものがあって、そこから少しでもズレたと思われる発言をするとツッコミが飛んでくる。

しかしその「正しさ」とはだれにとっての正しさなのか。

 

僕「朝から豆乳飲むのは最高なんよ!」

A「いやお腹いたくなるだろ」

 

この場合Aにとってはそうかもしれない。もっと言うならば科学的なデータで「朝に豆乳を飲むのはよくない」とあってそれを引用してこういったツッコミをしているのかもしれない。

だけどそういうことではなく、「僕が朝豆乳を飲むのが最高と感じている」ってことなんだ。それだけなんだ。

 

科学的に正しい正しくない、常識的に正しい正しくない、僕の発言がズレている、こういった感じのことでツッコミを受けるのは僕はすごく嫌な気分になる。

少し大げさな言い方かもしれないが「多様性がない」

いろんな人がいていい、からは程遠い。

 

アメリカなんかだと、それこそいろんな人種がいるから「もともと人と人は違って当然」って考えが根付いている。

アメリカのホームコメディなんかを見ても相手をきつくつっこむというのは見受けられない。

自分とは違う価値観をもつ他者と接することで、多様性を受け入れられるようになれば寛容になりこういったツッコミも減るんじゃないのかなと素人頭ながらに考えてみた。

 

今日もよろしく。

人は割と簡単にトラウマを抱える

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

小学校か中学校のときに先生にあてられて立たされて(なんなら教室の前にまで行かされて)問題を答えさせられるもののわからずにとても恥ずかしい思いをし先生からはぼろくそに言われる、という経験をした人はそこそこの数いると思う。

大体こういう経験をしてしまうと後の人生で人前に立つことに過度の恐怖を抱きやすい傾向にある。

言うなれば人前に立つことがトラウマになってしまったということだ。

 

子どもの頃の一瞬の出来事がいとも簡単に生涯響いてしまうトラウマになる。

人は簡単にトラウマを持ってしまう。

そしてトラウマを与えた側(この書き方でいいかわからないけど)はトラウマを与えたどころか、(この先生の場合だと)生徒のためを思ってやったとか言い出すから性質が悪い。

あげくは「いつまでそんなこと気にしてるの!」やら言い出す人も現れる。

 

ここから僕の思いです。

こうも簡単に人はトラウマを持つのだから、世の中にはトラウマを抱えている人はたくさんいる。

だからそういった人たちに対して、ほんの少しでも寛容になってくれればなと願っている。

「トラウマであってできない」というのももちろんTPOもあるし、一言では語りきれないけれど、いつも「できるようになれ!(この考えも大切なときはあるけれど)」ではなく、「それなら仕方ないな」と寛容に受け入れてくれる場面が少しでも増えてくれたらなと思い続けている。

 

トラウマだけじゃなく、メンタル系のことって「自分がどうにかする部分」と「周りの環境に影響される部分」ってのがあると僕は思っていて、自分がどうにかできるなと感じる部分を一生懸命やっているならまずはそれでOKでいいんです。

あ、でもできないことを声を大にして「できないんだよね~」という必要もないです。

できることを淡々とすることで、見てくれている人は必ず見てくれています。

 

はい、てことで今日もよろしく

失敗する権利

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

僕たち一般の人間には「失敗する権利」があると思う。

老若男女、大人子ども問わず誰にでも。

しかし、最近はとにかく事前準備を入念にして失敗させないようにさせないようにしている。

もちろんその物事の成功を一番に考えて、失敗するかしないかだけで見たらそりゃ失敗しないほうがいいんだろうけれど、一番の学びっていうのは自分で実際にやってみて失敗して経験してそこから得ていくものなんじゃないだろうか。

 

今はメソッドの時代だから、何をするにしても「正しい方法は?」「一番効率のいい方法は?」とやる前にメソッドを求めてしまう。

しかし自分がどういったやり方が合っているのかはたくさん失敗して、自分の身を持って知っていくしかないんじゃないのかなと思う。

 

「そんなことやっている時間はない!」

そうとにかく現代は”時間がない”んだ。

自分に合ったやり方を模索する時間も、失敗して経験を積む時間もない。

最短ルートを(世間的に、一般的に)最良のやり方で行うことが最もよしとされる。

なんなら時間がかかることはそれだけで軒並み「間違ったやり方」とされてしまう。

 

知識を身に着けること、新しいスキルを身に着けること、なんでもそうだけれどこういう類のことはどれも時間がかかることばかりだ。

だからこそ「3か月で身につく!」とか「時間がないというそこのあなた必見!」という宣伝文句が人の注意をひきやすい。

だけどもう一度書くけれど、本来知識やスキルを身に着けることには時間がかかる。それもものによっては莫大な時間がかかる。

 

「時間がかかること」が当たり前、と思っていたほうが僕はいろいろと都合がいいんじゃないかなと思う。

人より習得が遅くても、もともと時間がかかることなんだから焦る必要はない。

まだできない、まだできない、と焦るくらいではできないのがスキルの習得。知識の獲得。

自分のやり方が失敗だとわかっても、もともと時間がかかること、次に進むだけ。

 

この忙しい時代だからこそ忘れ去られている「時間をかける」、「時間をゆっくりとかける」ことの大切さを再認識して、失敗も経験のうちと捉えられるようになれば、学びも楽しくなるし、心の余裕も出てくると思うんだけれどな。

 

今日もよろしく。

ちょっといいものがすごく美味しかった

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

僕はピザが大好きでよく食べる。

宅配ピザから、スーパーで売られてあるピザ、おいしいピザ屋さんも行くし、とにかくピザが大好きだ。

 

しかしピザはそこそこの値段がする。

しょっちゅう食べる!というわけにもいかない。

だから食べて月に1度くらい。

 

今までは、月に1度のピザの日を僕はケチって安いピザを複数枚買って味よりも量を楽しむことにしていた。

もちろんお腹もいっぱいになるんだけれど、満足したかというとそうでもない。

だから、ちょうど昨日(2/23)ピザを食べようと思っていたので、今回は1枚だけだけどいい1枚が質の高いピザを買おうと思った。

そして近くの少しお高めのピザ屋に行きお持ち帰りで少し値段のするピザをかった。

 

家に帰って食べてみたら、

びゃあ、うまいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!

 

 

涙が出た。

うますぎて涙が出た。

そのくらいおいしかった。

いつもより量を我慢し、ほんの少し追加で払うだけで、こんなにおいしいものなのか・・・・。最高だ。

これからは量もいいけれど、質も大切にしていこうかと思います^^

 

今日もよろしく。