「言葉の意味」を追い求め

こんにちは。tigubaguこと桂木大輝のブログへようこそ。発達障害当事者、ひきこもり経験者の僕が日々感じたことを徒然なるままにつづっていきます。読んでくだされば幸いです。

まじめでつらかったこと 「真面目」について

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

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 真面目と誠実は違う

皆さんは真面目と聞くとどんなイメージをもちますか?

一生懸命、勉強ができる、仕事ができる、はっちゃけない、おとなしい、さぼらない、寝坊しない、自立している、甘えない、、、

などなどいろいろあると思います。

 

僕の考える真面目は、

「他者に合わせる。他者が要求することを淡々とこなす。他者のために尽くす」です。

イメージ的には、自分よりも周り、受動型といえますね。

日本人に多いタイプです。

 

もう一つ僕はいつも真面目と対比して、誠実という概念もセットで考えています。

僕が考える誠実とは、

「自分がやりたいことをする、自分が決めて、自分で動く。自分で決めたことを守る」です。

イメージ的には、周りよりも自分、能動型と言えますね。

 

僕は常日頃から上の定義で言う誠実な人間でありたいと思っています。

自分がやりたいことをやっていきたい。

そのために払わなければいけない努力もあるけれど、それを乗り越えてでもやりたいこと、かなえたいことならその努力も厭わない。

そんな誠実な人をずっと心の中にイメージして生きています。

真面目は手段に過ぎない

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自分がやりたいことを叶えるためには、当然途中我慢しなければいけないことや、他者の要求にこたえなければいけないときも多々あります。

 

そんなとき僕は素直に真面目な人の要求にこたえられる人間になりたいな、と思っています。

なぜならここでの真面目というのは、自分がやりたいことのための手段であり、真面目になることが目的ではないからです。

 

例えば、僕はコントをすることが大好きです。

しかしコントってなかなか披露する場所がないんです。

今現在は所属している居場所~特性を生かす道~(以下 いばとく)の月一のおしゃべり会や、毎日開催のオンラインのいばとくキャスで披露しています。

コントをするという目的のために、僕はいばとくでは基本真面目に過ごします。

おしゃべり会の時は皆のために車を出し、荷物を運び、乗せられる人は乗せていきます。

会議はきついので参加しませんが、いばとくのために僕ができることは一生懸命やります。

 

もしここで全然何もせず、自分がコントをやりたいんだ!と願望ばかり主張していても(いばとくのみんなは優しいのでやらせてくれるとは思いまうが)、周りの人たちはいい気はしません。

 

目的のため、と書いてしまうとあれですが、やりたいことを心置きなくするためにも日々その感謝の意で真面目の動く、こんな感じです。

決して真面目でいる必要性があるからやってる!ってわけではなく、目的が先にあるってことです。

真面目でいてつらかったこと

学校、会社、なんなら家でも、人は真面目でいることを要求されます。

特に学校は僕にとって地獄そのものでした。

自由に発言できない、おとなしくしておかなければいけない、テストでいい成績を残さねばならない、優等生であらねばならない。。

たくさんの「すべき」で縛られてとっても息苦しかったです。

 

僕は自由が大好きです。

だから他者から規範やルールを強要させられたり、あれやこれややれ、と言われたらつらくて仕方がないんです。

真面目でいて最もつらいのは、それゆえに「自由ではなくなること」ですね。

それでもいばとくのメンバーのようにきちんと真面目でいて誰か他者が喜んでいてくれるならまだいいです。

学校や会社のようなただ1方向的な押し付けの真面目は地獄でしかありません。

 

 

真面目も結局は使いようだと思います。

やりたいことのための1手段としてとらえるのが僕には合ってますね。

今日のブログは以上です^^

今日も皆様の一日が良き日となりますように^^

ではまた!^^

「何を言ったか」ではなく、「何をしたか」

おはようございます^^

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tigubaguこと桂木大輝です。

tigubaguこと桂木大輝と申します。

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世の中には口だけはものすごい達者なのにほとんど何もしない人もいれば、

何も言わずもくもくと少しずつでも行動に移している人もいます。

 

僕は最近、自分を省みたときに、僕は自分なりの人の見方って、

「その人が何をしてきたか、どういうことをしているか」

だなと自覚しました。

もともと僕はとてもメンタルが弱いです。

豆腐ぐちょぐちょメンタルtigubaguと言ってもまったく過言ではございません。

そんな僕なんで、ずっと「他人が言うこと」ばかり気にして生きてきたんです。

他人からの否定、批判。

(それがたとえ親切心からであっても)他人からのアドバイス

他人からの忠告、指摘。。

とにかく他人が言うことに基準を置き、それにとらわれていました。

 

しかし今現在居場所~特性を生かす道~(以下 いばとく)の活動ふくめいろんな人と出会ううち、世の中にはこんなにも他者のために頑張れる人がいるんだ、ということを知り感動しました。

他にも、自分がしたいことをほんの少しずつでも行動に移している人、一人でも黙々と目標に向かって頑張っている人など、社会には行動に移し頑張っている人がたくさんいました。

そしてどんなことであれ行動に移している人は他人のことを頭ごなしに否定することはしません。

それはおそらくですが自分自身もそうして行動に移した際に言葉だけで何もしていない人たちにさんざ言われてきたつらさを身に染みてわかっているからじゃないのかなと思います。

 

こういったこともあり、今も僕は言葉で否定批判してくる人にたくさん会いますが、じゃあ実際その人が何かやってきたのか、少なくとも僕と同じことをしたうえで言っているのか?という指標をもってその人のことを見てみると、何のことはないほんとただただ口から言っているだけにすぎないことがほとんどです。

 

自分が人をどのように見るかを自分なりに確立できたことは、自分が他人の不必要な大多数の意見を無視できる強さにもなったと思っています。

理屈でマウント取ってくる人には関わらなくていい

僕は全然勉強もできない、頭もよくないので、難しい理屈や理論はよくわからないです。

それゆえか頭がい人や、頭の回転が速い人、知識が豊富にある人達にはよく散々な言葉をなげかけられマウントを取られていました。

 

しかし今思えばこれも、そうやって理屈でマウントを取ってくる人は僕と同じ経験をしているわけでもなくなんなら行動に移さず思ったことを口に出しているだけなので流しておけばいいんです。

そもそもネットを見れば明らかなように人は口を開けば相手の上に立ちたい、相手に自分の主張をわからせたい、人に認められたいと欲してしまう生き物なのです。

だからいちいち取り合っていてはいたずらに体力を消耗し、嫌な思いをするだけです。

だからこそそういう人の言葉はテキトーに流して自分がやるべきことに労力を注ぐことが一番です。

 

「学問的に~」とか、「論理的に~」とか言わせておけばいいんです。

僕は僕がやることを淡々とやります。

不言実行が一番コスパがいい

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上にも書いたように人はとにかく人に認められたい生き物なので、行動に移す前からとにかく「俺はこれだけのことをする!」と言いたくなってしまいます。

僕もこの傾向が大きくて以前は口ばっかりでは偉そうなこと言うくせに、その実肝心の行動が伴っていないということがよくありました。

 

そうなると言葉と現実のギャップに自分が苦しくなります。

あれだけのこと言ったのにできていない・・・

すごくかっこ悪い・・・

とにかく僕は結構これで落ち込みましたね。特に大学時代。

 

その時の反省点から、今は自分がこれだけやるぞ!とか、これだけ頑張っている!とかはあまり(ほとんど)言わないようにしています。

人はいちいちそういうことを言わなくてもきちんと行動に移しているとみてくれているものなんです。

 

もちろん、人に話すことによってモチベーションをあげているという人もいるでしょうからそれはそれでありです。

ただ僕は人に認めてもらうには不言実行パターンが一番コスパいいなと思っているだけです。

それに不言実行だと、行動に移した後に「これ合わないな」と思った時に方向転換することもできますしね^^

 

 

何をしたかで人を見る、おすすめです。

今日のブログは以上です^^

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ではまた!^^

居場所~特性を生かす道~のいいところ

おはようございます^^

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tigubaguこと桂木大輝です。

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僕は大分県初の当事者のみで構成されている自助会・居場所づくりグループの「居場所~特性を生かす道~」(以下 いばとく)に所属しています。

居場所づくりのためにリアル、オンラインを問わず様々な生きづらさの人が集える居場所を提供しつづけています。

その中で僕自身も、1ひきこもり経験者、1発達障害当事者、1広報担当、1お笑い担当、1嗚咽担当として日々頑張っています。

 

今回はこんな僕の所属するいばとくのいいところをこのブログで紹介していけたらなと思います。

いばとくは僕にとっての理想的な組織であるので、以前に書いた「『よき組織』ってどういう組織をいうのか考えてみた」の組織増にかなり当てはまるものが多いです。

www.dotama-kotoba.com

 

ではいきますね。

 

いばとくのいいところ① ネタができるところ

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なんといってももっとも僕がうれしいのはネタができる(漫才、コント、一人コントなどなど)ことですね。

そんなにネタがやりたいのならお笑い事務所は言って芸人になれよ!という最もな意見が聞こえてきそうですが、人間関係に躓きひきこもった身としてはガチの芸人になるのはやはりものすごくハードルの高いことなんです。

(とはいえ、僕も一時期は本当にどこか養成所に入ってやっていこうかなと考えていたこともあります。あまりにも披露する場所がなかったので・・・)

 

ここいばとくでは「みんながそれぞれ好きなことを表現できる場」なので僕の漫才もコントも思う存分披露することができます。

もちろん漫才もコントも(漫談、一人コントは除く)相方あってのことなのでいつもいつもみんなの前で披露して、というわけにはいきませんのでツイキャスで音声のみで披露したり、漫才しているところをキャスで流したりと工夫はしています。

 

自分たちの好きなことで、みんなが楽しんでくれるのはこの上ない幸せですね^^

空気を読まなくてもいいところ(嗚咽ができること)

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ツイキャスをいつも聞いてくださっているかたにはおなじみの嗚咽です笑

しかしあなどるなかれ。

この嗚咽により救われたという方がたくさん?いるんです!(まじ?まじ)

 

キャス主である僕が嗚咽をしいい意味でカオスな状況を作り出すことによって「空気を読まなくてもいい」という気楽な雰囲気を作り出すことができます。

そして元をただせば、いばとく自体が一切空気を読んだ行動をしなくてもだれも変な目で見ないというグループというのがあります。

その理念を僕が嗚咽によって体現しているわけですね。

 

もちろん他者に嫌がらせをしたり、過度に迷惑をかけたりすると、「注意」はされますが、それは空気を読むとはまた別の話です。

空気を読み、自分の言いたいこともできない、周りの顔色ばかりを窺い息苦しい、こんなTHE閉塞感という雰囲気はうちのいばとくには皆無です。

 

この理念体現のためこれからも僕は嗚咽し続けます。

よろしくお願いします。

「素の自分」が好かれるところ

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上の嗚咽の話の続きなんですが、

いばとくでは周りに気を使い、かっこつけて?ふるまう僕よりも、

「あああああああああああああああういいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。馬はぶっつぶす!」で嗚咽している僕の方がずっといいと言ってくださる人がたくさんいるんですよね。

 

このことは僕にとって人生を生きる上ですごく大きな心の支えとなりました。

いいかっこしいが嫌というだけではなく、いばとくのメンバーはもっと上のそのままの狂い倒している僕が好き、と言ってくださっているんですから。

 

僕は人に変なに人に思われないために、

言いたくもないことを言い

ご機嫌を取り

当たり障りないことを言い

発狂したいのに発狂できず・・・

 

定型さんとのコミュニティにいるときはいつも肩に力がパンパンに入っていましたね。

しかしいばとくだと狂い倒せるのでほんとに楽。

寝巻で当事者会に参加してもいい、途中で爆睡してもOK。

ほんと楽です^^

いろんな人がいるところ

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最後はいばとくには「いろんな人がいること」です。

共通点は皆が何かしらの生きづらさを抱えているという1点であとは本当に様々です。

 

年齢、出身、仕事、価値観、、

ほんとに様々なので話してていつもこの多様性は本当にいいなと感じます。

 

これからいばとくが世界展開していくことに!なればいろんな人種の人や民族の人が入ってまさにグローバルいばとくになればすごく面白そうだなと思っています。

 

 

いばとくは進化し続けるぞ!!!行くたい--!!^^

 

 

今日のブログは以上です^^

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ではまた!^^

かけていい迷惑 迷惑について

おはようございます^^

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 人は必ず誰かに迷惑をかけて生きている

皆さんは自分に「人に迷惑をかけてはだめだ!」という縛りをかけていますか?

日本人の多くは人生を、「人に迷惑をかけてはだめだ!」という縛りプレイで生きている人がとても多いです。

逆にインドは、みんな人に迷惑をかけているから困ったときはお互い様さ、ってな感じです。

(というか実際にインドを訪れた者の身としては、向こうは人をだましてでもとにかく稼ごうとする人、偽物を売りつける人、わけわからんとこに案内する人、もうひっちゃかめっちゃかなので「迷惑かな」とか考えていたら生きていけません)

 

僕もこのインドの考え方はとても好きで絶対人はどこかで誰かに迷惑をかけているんです。

好きなことをやったら、それを心よく思わない人がいるだろうし、

人のために誰かに親切をすれば、ほかの人たちにエコひいきにうつるからやめろと言われたり、

良かれと思ってなした行動が、お前のせいで段取りが狂ったと言われることまで、

 

とにかくどんなふうに行動してもそれを迷惑と感じる人がいればそれはその人にとっては迷惑となるんです。

逆を言うと誰にとっても迷惑にならない行為なんてほぼほぼあり得ないと思っています。

「私は誰にも迷惑かけないし、謙虚に生きてる!」って思ってたら、もうすでにこう思ってる時点で僕からすれば迷惑です。

こうやって自分はこうだ!と決めつけてしまうとまず融通が利かなくなります。

そうなると、自分とは違う考えの人とコミュニケーションが取りづらくなります。

これはグローバル化の現代において立派な迷惑だと思います。

どんな迷惑だってかけていい!

で、僕の持論なんですが、僕は「迷惑なんてかけてなんぼ」だと思っています。

こういうと、でもかけていい迷惑とかけちゃいけない迷惑ってのがあるじゃないか!と声高に叫ぶ人もいますが、僕のような発達さんからすればそんなこと考えてもまじでわっからん!ってな話なんです。

 

だから僕はとりあえず自分に「どんな迷惑もかけていい!」としています。

こうすると迷惑をかけたことで自然と僕の元から去っていく人もたくさんいます。

しかし無理をせず繕っていないので、素の僕がいいということでずっと残ってくれる人もいます。

僕がかけた迷惑で去る人は去ればいい。

僕は残ってくれた人と楽しくやってきます。

というスタンスです。

 

当然ですが、犯罪と迷惑はまた違いますからね。

迷惑かけていいってことは犯罪もしていいのか!?とは当然なりません。

ここらへんは考えなくてもわかることだとは思いますけども。

わけわからんごとなるので言葉通り受けとるしかなかった

僕は自分が発達障害ゆえに他者の言葉の裏側をくみ取るなんてそんな高騰テクニック持ち合わせていないんですよ。

だから言葉を額面通り受け取るしかなかった。

 

京都では迷惑で早く帰ってほしい人に「ぶぶづけどないどす?(お茶漬けどうですか?)」というらしいのですが、僕だったら「あ、じゃあいただきます!梅味がいいです!」と言いますね。

言葉の裏を読めないのでそれが迷惑を意味しているのかどうかなんてわかりきらないんです。

ですのでそのまま受け取ってそれで相手が僕のことを嫌いになって去っていくのならしょせんその程度の関係だったということなんです。

信頼できる人や、仲間の言葉には耳を貸す

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もちろん僕が迷惑をかけたことをきっちりと「それは迷惑になるよ」と指摘(アドバイス)してくれる人もいます。

中には注意したいだけの人もいますが、指摘してくれるのが信頼できる人や仲間だったりすれば、きちんと彼らの注意には耳をかします。

こういった人たちは僕の特性もわかったうえで注意をくれるからです。

 

 

僕は現代の日本人はとにかく「迷惑をかけないことが美学」のように感じます。

(いや、昔からそうだったかな)

だからそれゆえに苦しい思いをしている人もたくさんいます。

こんな時に効果を発揮するのはいい意味での開きなおりです。

迷惑なんてガンガンかけても死ぬわけじゃねえとばい!

去る人は去ってくれてよかったい!

俺は俺たい!

 

くらいの開き直りが今の時代はむしろかなりの有効策になると思います。

 

今日のブログは以上です^^

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「定型さんの同年代の人が何を考えているか」を考えてみた

おはようございます^^

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tigubaguこと桂木大輝です。

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そもそも定型発達というのは、一言でいうと、

発達障害でない人々(あるいはそのような状態)を意味する用語である。

wikipediaより引用)

発達さんではない、いわゆる「一般の人」、「普通の人」のことです。

 

発達さんにくらべて多数の定型さんは、発達障害の人のことがわからないといいますが、僕たち発達側からすると定型さんがなにを考えているのか全くわからないんですね。

 

例えば僕なんかはADHDASDのハイブリッドなのでとにかく細かいところが気になるんです。

それに感覚過敏もあるので入ってくる情報の取捨選択をしきらんのです。

定型さんは無意識のうちに必要のない情報(ノイズ)をシャットダウンすることができ、細かいことにもあまり気にならないって知ってなんて快適なんだ!と思いました。

(当然ですが定型さんの中にもいろんなタイプがいるのは承知の上です。)

 

で、僕は普段同じ発達さん仲間と日々過ごしているので定型さんが今何を考えて暮らしているのかが全くわからないんですよね。

定型さんと接する機会もほとんどないし。

そのなかでも、自分と同年代の定型さんが何を考えているのかはもう全く全く全くわかりません。

友達とわいわい遊び、かと思えば仕事を一生懸命こなし、常に人といてもほとんど疲れることなく、元気で、活発な定型さん、、

街中でこういったタイプの定型さんを見るたびに「同じ人間とは思えない・・なぜあんなにもパワフルなんだ・・」と思ってしまいます。

 

今回僕tigubaguの完全な独断と偏見で、同年代の定型さんが普段何考えているのかをいくつか書いていきます。

もう一度書きますが完全に僕の独断と偏見ということを理解したうえで読んでくださいね。

①遊ぶこと遊ぶこと遊ぶこと?

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僕の定型さんの一番のイメージって

「複数人で、わいわい楽しんで、遊ぶことができる人」ってイメージなんです。

もちろんそうじゃない人もいるのはわかっています。

ただおとなしい人も、遊びに誘われたら、その仲間に加わって遊びを楽しむことができると思うんですよ。

 

僕が複数人といると一瞬でHPが0になってしまう人間なので、このように複数人でバカ騒ぎしてパワフルに遊べる定型さんを心からすごいと思っています。

大学の時の俗にいうウェーイ系の女の子なんか常に「次ディズニーいつ行くか」を考えてましたね。

いやパワーありすぎるだろと思いました。

 

定型さんの多くって普段は仕事して、たまにの遊ぶ時に全力で遊ぶってイメージなんで、僕からしたらその遊びのためにきつい仕事を乗り越えらえるのもほんとすごいと思います。

遊ぶときは明るくはっちゃけている人も仕事するときは真剣に取り組める、その温度差の調整ができるのもすごいと思います・・・

 

定型さんは常に次の遊ぶことが頭にあって、それのために日々の仕事を頑張る、こんなかんじでしょうか。

②仕事のこと?(どう出世するとか)

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仕事のことといっても、

僕が抱えるような、

  • 人が怖くて仕事ができない
  • 人がたくさんいる環境で長時間仕事なんかできない
  • 仕事を続ける体力がない。。どうしようどうしようどうしよう・・

みたいなタイプのものではなくて、

  • どうやって出世するか
  • もっと成績を伸ばすためにはどうすればいいのか
  • 社内の雰囲気を良くするためにはどうすればいいのか

みたいなより会社のために生産性をあげることを考えていると思うんです。

 

ほんと僕からしたらすごいなと感じる限りです。。

まず僕なんかは仕事ができるかどうかもわからないのに、定型さんは毎日会社に出社して仕事をしてお金を稼ぐ。

ここができているだけでもう化け物レベルです。

さらにそこからどうやったらもっと会社のためになるかを考えているんですから、もうこのすごさは言葉では形容しきりません。。

 

すごいです。はい。

③いつ結婚するか?

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結婚に関しては定型さんも、発達さんも共に大きな関心ごとだとは思います。

ただ定型さんの結婚に関する悩みって、「相手が欲しい」とか、「いい人いないかなあ」とかだと思うんですよ。

 

僕の場合だと、もちろんそれもそうなんですが、まずは結婚をしたいと言えるスタートラインにすら立っていないんですね。

結婚するためには暗黙の了解として、例えば男性なら「年収はいくら」とか、「仕事はこういったものが望ましい」とかってあるじゃないですか。

そういったものがどれもないのでスタートラインにすら立ってないんですよ。

 

しかし、恋愛、ひいては結婚というのは、究極はご縁ですからね、スタートライン云々とか関係なくいい人に出会え・・・・、最低限身だしなみは整えます!

④両親の面倒をどうするか?

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定型さんの知り合いと話しててびっくりしたのが、結構な人が

「両親の今後をどうするか」を真剣に考えているんです!!

 

これはおどろきました。

僕なんか両親の今後どころか、自分の今後のことでいっぱいいっぱいなのによく両親のことにも気が回るな!と素直に驚きました。

これに関しては僕は考えたこともないので何とも言えませんが、定型さんは多くの人が考えているものなのでしょうか?

 

 

以上4つ、僕の独断と偏見で書いてみました。

定型さんとのコミュニケーションは以前は意図的にそういった機会を作っていたのですが最近はそれも疲れてきてしていません。

 

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「いじり」と「いじめ」の違い 

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

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 僕はとにかくいじられキャラです。

顔も童顔だし、ひょろっとしてるし、

で、とにかくわけのわからないことをして周りを楽しませようとする。

いじるいい対象になるのでしょう。

 

しかしなかには間違いなくいじめだなと感じるものもたくさんありました。

高校生の時にいじめを受けていて、その時の一人が

「これはいじめではない。いじっているだけだ」と言っていて、心の底から何言ってんだこいつは、と思いました。

「当人がどう感じるか」がすべて

いじりも、いじめも見た目だけでは本当に区別がつきません。

僕は結局は、受けている当人がどう感じているかがすべてだと思っています。

 

僕は現在、生きづらさを抱えている人たちのための居場所づくり活動の「居場所~特性を生かす道~」(以下 いばとく)に所属しています。

そこでは、漫才の相方や、コントをするための相方がいます。

それだけでなく、僕はいばとくで日々ふざけたおふざけ動画をいばとくのグループlineにあげてみんなを楽しませています。

そしていろんな人が僕のことをいじってくれます。

今いじってくれます、と書きましたがいばとくのメンバーからいじられることは決して嫌ではありません。

(ちょっと嫌だなと感じるときもありますが、そんなときは正直に嫌だと言います。)

 

なんでいばとくの人からいじられるのは嫌じゃないんだろうかと考えると、そこには

「信頼」と「対等」

があると考えています。

いばとくのみんなから僕は信頼されています。そして僕もいばとくの仲間を信頼しています。

だからいじってきたとしても、本気でそう思っているわけではなくいい意味での「いじり」として受け取ることができるのです。

そしてもう一つ、いばとくは皆の立場が平等です。もちろん代表や広報担当という肩書はありますがしょせん肩書にすぎません。

みんな立場は対等です。対等だからこそ意見を言うことができます。いじられて嫌な思いをすると、やめてくれということができます。

 

これが学校や、会社になると、信頼も対等でもない中でいじるという名目の名のもとに嫌がらせ行為が行われます。

特に信頼もしていない相手からいじられるとすごくふゆかいな思いになります。

かといって言い返そうにも、相手は複数人で嫌がらせをしてきたり、立場が上ということを利用して嫌がらせしてきたりで、対等でないがゆえに言い返すことができません。

 

とはいえこれもすべては第三者が外から見ての意見だったり、はたまた同じ状況でも当然ですが人に由って感じ方は違うので、やはり結局は「当人がどう感じるかがすべて」だと思います。

嫌なものは嫌

僕もかつては「こんなくらいのことでいじめといって、つらいと感じる自分はなんて弱いんだ」と自分を自分で傷つけていました。

しかし当然のことですが「嫌なものは嫌」です。

男だからこうとか、女だからこうとか、お兄ちゃんなんだから、お姉ちゃんなんだから、年上なんだから、もう大人なんだから、とかは関係ありません。

嫌なものはとにかく嫌です。

 

だからどんなに小さなことだとしても自分が嫌だなと感じたら、そう思っていいし、それを周りの人に伝えていいんです。

自分がそう感じたらそれがすべてです。

いじめからは逃げる、即刻警察を呼ぶ

そして、そのうえで自分がいじめられているとわかったら、僕からの意見は

まずは逃げることを考えてください。

 

何度でも書きますが、僕は「逃げるが勝ち」と本気で思っています。

いじめなんて立ち向かって戦っても、体力を消耗し余計に傷つくだけです。

そもそも相手はひきょうなやつらです。

複数人、権力、体格差、などなど相手が自分より弱いと判断したものにしか手を出してきません。

こんなゴミクソひきょうで陰湿なやつらと戦う必要なんか1mmもありません。

即刻逃げましょう。

 

そして、もう一つは「警察に言うこと」

当然ですが、いじめは犯罪です。

まごうことなき犯罪です。

 

学校の中で行われたからと言って犯罪にならななんてそんなわけのわからん理屈はありません。

犯罪です。

なので先生が力にならなければ、警察に行きましょう。

ほんきで警察に頼みましょう。

そのくらいしないとダメです。犯罪を犯しているのですから警察が動いて当然です。

いじめは犯罪です。

 

 

いじり、いじめはお笑いの世界でもよく取り上げられますが、

お笑いの世界は言うなればフィクションとして見ることができないとな、とお笑い好きは思います。

あれはテレビの中の世界、と割り切れないと。

いじり、いじめはなかなか語りきるのが難しいテーマですが今後も機会があれば書きたいと思います。

 

今日のブログは以上です^^

今日も皆様の一日が良き日となりますように^^

ではまた!

「なんで相談しない?」→「相談してもわかってくれないと思ったから」

おはようございます^^

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tigubaguこと桂木大輝です。

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わかってもらえないときのつらさ

悩みがあって、ずっとそれを他者に相談できずにいてある日溜まりに溜まった悩みが爆発して、ぶっ倒れてしまう。

倒れてから周りが口をそろえて「どうして相談してくれなかったの!!」という。

 

みなさんも似たような経験は1度はしたことはあると思います。

僕もあまり周りにすぐに相談するようなタイプではないのでこのたとえ話はよくわかります。

 

なんで相談できないのかを今回考えてみました。

1つは「相談してもわかってもらえないから」ですね。

相談してもとんちんかんな受け取り方をされたり、

全く共感してもらえなかったり、

ひどい場合には「そんなことくらいで悩むな!」と説教される場合もある。

こんなんじゃなかなか相談しようとは思いません。

 

完全に僕個人の私情なんですけど、僕は相談をしたさいには相手に大きく共感してほしいんです。

つらい話を打ち明けたら、「それはつらいよね」と言ってほしいんです。

相談者にとって僕の相談内容が実際につらいかどうかはさておき、まずはただ共感してほしいんです。

そのうえでゆっくりと一緒にこのつらい感情とどう接していくかを考えていきたいんです。

相談には勇気がいる

相談をするには勇気がいります。

女性なら、女性同士で集まって気軽に愚痴交じりに相談ということもできるかもしれませんが男性はそうではありません。

男性は言うなればプライドや地位や、ほかにも周りからの期待、「男らしさ」という名のプレッシャー等があり相談するのも一苦労です。

(決して女性が相談するのは楽にできていいね、と言っているわけではないです。)

 

しかしせっかく勇気を振り絞って相談しても相手が何一つわかってくれず、共感もしめしてくれないとしたら相談した人はきっと相談する前以上につらくなると思います。

それもあってか余計に相談することにたいして奥手になってしまうんです。

 

実際僕も勇気をもって相談しても、理解をしめしてもらえなかったがゆえにつらい思いをしたことが何度もあります。

相談したことが周囲の人たちにばれたく無い

ほかにも僕が相談するかどうかで悩むとき必ずついて回るのが「相談していることを周囲の人に知られたくない」というところです。

特に同じグループ内での人間関係の悩みごとを、同じグループ内の人に相談するとそれこそ派閥が生まれる契機になりかねません。

だからこそ誰に相談するかはとっても大切なんです。

 

僕はほんとにきちっと時間をとって真剣に話をきいてもらうためにはお金を払って受信するカウンセリングなんかがいいと思っています。

しかし実際じゃあどこのカウンセリングがいいとか、そもそもカウンセリングなんてどうやって行けばいいかわからないという人も大勢いると思います。

僕はもっとカウンセリング、もっというと心療内科や精神科の敷居が低くなってくれればいいのになと思っています。

 

 

 

相談って、もちろん答えを求める人も多いとは思いますが、まずは共感を得るためになされることがほとんどだと思います。

そのためにも僕自身もまずは誰かから相談をされたら共感の意を示すようにしています。

相談力、という言葉があるように、人を頼り自分を開示し共感を得ることができるというのは人生を生きていくうえでの大きな力です。

 

今日のブログは以上です^^

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ではまた!

「やられたらやり返す」について

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

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 絶対にやり返さなかった

僕は中学のときに暴力をともなった長期的ないじめにあっていました。

そのとき僕は決してやりかえすということをしませんでした。

高校に入り、周りに馬鹿にされたり、おちょくられたりしても言い返すことはほとんどなかったです。

 

これを見かねたのか高校の時の同じクラスのやつが、

「お前さなんで言い返さないの?腹立たないの?言い返さないからなめられるんだよ。」と言ってきました。

同じ土俵に立ちたくない

なんでやり返さなかったか。

そして今でも僕は基本何か自分がつらい思いをしてもやり返すということはしません。

(友達同士やいばとくの仲間内でいじりあったりはします。 ただ改めて思うといじりといじめの線引きは難しいなと思います。僕が根っからのいじられキャラだからこそそう感じます。)

 

その大きな理由としてはふっかけてくる奴らと「同じ土俵に立ちたくない」という思いが強いからだと思っています。

仮に僕が殴り返して相手をふうじこめたとしても、それって結局相手と同じ戦法をとったということです。

そしてよく「暴力はまた暴力を生む」という言葉にもあるとおり、僕がやり返したことで相手がさらにやり返してくるかもしれません。これではいつまでたってもキリがないんです。

 

なめられるよりも、馬鹿にされるよりも、自分の尊厳だけは守りたかったという思いが僕は強いんでしょうね。

やり返した途端人として腐る、というふうに思っていました。

 

だからか、僕ワンピースの中で初めて黒ひげが出てくるときのシーンが大好きなんですよね(唐突のワンピースです笑)

ベラミー一味にルフィたちは空島があるといったことに対してさんざ馬鹿にされます。

そして暴力も振るわれます。

しかしそこでルフィは言うんです、

「この喧嘩は絶対に買うな」と。

喧嘩を買い自分もやり返したら相手と同じレベルになってしまうことを気づいていたからでしょうね。

僕もすごく共感できます。

大切なことは逃げること、自分の居場所を見つけること

そのうえで過去の自分に言ってあげたいことは、

耐えるんじゃなくとっととそんな環境逃げるが勝ち!

ってことです。

じっと耐えて心身がボロボロになる必要なんか一切ないんです。

とにかく一刻も早くそんな環境を逃げ出して、自分にとって居心地がいいと思える居場所を見つけることが最優先です。

 

実際にこの逃げる術ってのは僕も何回かブログで書いたことがありますが、社会で楽に生きていく上では必須のスキルだと思っています。

嫌なことは嫌とはっきり言う、つらいと思ったら逃げていい、自分がつぶれると思ったらむしろ逃げなければならない。

逃げる術を今の社会は学校でも、大人になってからもだれも教えてくれる人はいません。

だからこそ自分で実際に行動に移して少しずつ学んでいくほかありません。

 

馬鹿にされたり、暴力や言葉で身体精神的に苦痛を浴びせてくるところに居続ける必要は一切ないんです。

まずは逃げる。そして自分が安心できる居場所を見つける。

大切なのはこれです。

 

 

今日のブログは以上です^^

今日も皆様の一日が良き日となりますように^^

ではまた!

 

※「逃げる」ことについてのブログです。良ければご覧ください^^

 

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「初対面の人との接し方」について

おはようございます^^

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 初対面の人との会話はとても疲れる

僕は初対面の人との会話はまじでぎゃん疲れます。。

その理由としては、

「変な人と思われないために、もとがめちゃくちゃ変な人なのに、無理して『正常な一般人』をふるまおうとつとめてしまうため」だと思っています。

 

毎日夜の9時から開催しているいばとくキャスに参加されているかたならわかると思うんですが、僕ってまじでめちゃくちゃ発狂して、わけのわからんことを言って、カオスに楽しむことが好きなんです。

 

しかし当然このテンションを初対面の人にぶつけたら相手は当然のごとく困惑します。

困惑どころか下手したら僕がそのコミュニティから追い出されるまであります。

なのでそうならないためにも徹底的に一般社会人の物まねをしてやりとりするわけです。

僕は初対面の人と関わる場に行くときはいつも「コント 交流会」みたいな感じでコントとしてとらえています。

こう捉えることによっていつもの自分とは違う自分を無理に演じることをいくばくかは肯定することができるからです。

コントをしているんだ、と思うとコント大好きの僕は結構悦に入れるので効果的です。

社交辞令が楽しめない

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初対面の人同士の会話ってまずは、社交辞令で埋め尽くされるのが一般的です。

初対面の人に、

なるぴそ初代パーティタイムとか

か~んにんかんにんとか

ういいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい

とかは間違っても発してはいけないわけです。

 

社交辞令でよくあるテンプレが、

  • 趣味は何ですか?
  • どちらからこられましたか?
  • お仕事なにされてるんですか?
  • どうして参加しようと思ったのですか?

などがあると思います。

多くの人は別にこういったことって楽しむ云々よりも、相手との距離を縮めるために行っていることとしてとらえているんだと思います。

しかし僕はどうしても社交辞令がたのしめないんですね。

どうしても相手に変に思われないようにするためにありきたりなことを言ってしまう自分に嫌気がさすんです。

もっと正直に嫌われる勇気をもってして「そうですね、最近楽しいなと感じるのは、嗚咽してキャス中に一人コントやってるときですかね。あ、でも最近は相方がいるので相方とネタしているときが一番たのしいかな。

でも嗚咽は最高ですね。ストレスふっとびますもん。阿鼻叫喚も楽しいですよ。

ここでやってみましょうか?

ういいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぐうぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。」

 

結局のところ、僕が過度に他者から嫌われることを恐れるあまりどんどん初対面の(そのなかでも定型さん)人と接するのが嫌になっている気がします。

こりゃアドラーの『嫌われる勇気』を読まなきゃだな。

 

今日のブログは以上です^^

今日も皆様の一日が良き日となりますように^^

ではまた!^^

 

※関連する過去記事を載せておきます。

 

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「こだわり思考」について

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

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 「正しさ」、「完璧さ」、「普通」にとらわれてしまう。特に「正しさ」。

ASD自閉症の傾向がある人は特に共感していただけるかと思います。

僕は昔から「正しさ」にとらわれつづけていました。

正しい考え、正しい行為、正しい人としての在り方・・・

拘ったらキリがないとわかっているのに拘ってしまうのがつらいところなんですよね。

 

過去に「僕は母親に言葉遣いを過度に矯正させられる」といった内容のブログを書きました。

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この影響が今でも残っているからか、「単語の意味」や文法ってのを過度に意識してとてもつらい状況にあります。

僕の思いとしてはテキトーな言葉遣いでもそれで伝わってりゃなんでもいいという思いなんですが、自分を縛り付けている心の声が「そんなんじゃだめだ。きちんと文法通りの正しい言葉遣いをしろお!!」と言ってきて僕を締め付けてくるんです。

これが本当にとてもつらいわけです。

 

こういう拘りで悩む場合でたちが悪いのが、行き過ぎてしまうと「完璧にならない自分なんかは価値がない!」と思ってしまうことなんですよね・・・・

そもそも冷静に考えれば何をもって完璧というのか、何が完璧かなんて、それすら僕はわかってないんですけどね。

 

ここまでは僕のこだわり思考の中身について書いてきました。

ここからは僕が具体的にどんな時にこだわりモードに入るかを書きたいと思います。

(こだわり以外にもモヤモヤモードなんかも含まれますね。こういうことを逐一各あたりも完璧思考が働いているのかもしれません。)

自分の理屈や、論理がわかってもらえないとき

僕は自分が納得したことなら他人も絶対に納得するだろう!という強い思い込みがあります。

しかし当然ですが自分にとっては正しいことでも、相手にとってはそうではないことなんて世の中いくらでもあります。

このとき僕はすごくこだわっていまいます。

なんでだ!なんで!なぜ俺の正しさが伝わらない!という風に。

はたから見ればひとり相撲で勝手に苦しんでいるだけなんですが、当人からすれば必死です。

自分の理屈や論理、考えが伝わらず相手に否定されたと感じた日にゃこの世の終わりかというくらい気が狂いそうになります。

 

すごくシンプルに金子みすゞさんの詩の「みんな違って、みんないい」と割り切ることができれば一瞬で楽になれるんでしょうけどね。

なかなか難しいです。

ルールや規範からずれたとき

ASDの多くの人はルールや規則をすごく厳密に守る傾向があると言われています。

この感覚はすごく共感できて、僕はルールを守ることを一つの快感としてとらえている節があります。

別に快感と捉えるかどうかはいいんですが、このカオスな世の中、ルールを守らずなあなあでうまいこといってることなんて山ほどあります。

それを禁止して全部厳格にルール通りに!なんてすると生きづらくて仕方ありません。

ルールや規範なんてのはテキトーに従うくらいがちょうどいいのかもしれません。

 

 

以上僕のこだわり思考についてでした。

今日のブログは以上です^^

今日も皆様の一日が良き日となりますように^^

ではまた!^^

 

 

※何回か過去に「こだわり思考」についても書いてあるのでよければそちらも読んでいただければと思います^^

 

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いよいよ本日!いばとく「オンライン講演会」!!

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

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いよいよ本日、ZOOMにて

「居場所~特性を生かす道~ 

第1回ひきこもり学 オンラ

講演会」

でございます!

 

この日のためにメンバー一同精一杯準備に励んできました。

皆さんがほんの少しでも楽しい講演会だったなと思っていただければ僕も幸いです^^

ナマケモリの漫才もツイキャスの「ナマケモリラジオ」のほうでは披露していない新ネタを披露しますのでぜひ楽しみにしててください^^

 

13時からスタートです!!

では参加される方は講演会にてお会いしましょう!^^

 

ps.

夜21時からの本日のいばとくキャスは「オンライン講演会の感想会」となります^^

大変だったこと、苦労したこと、などいろいろと裏話が聞けると思いますのでぜひそちらもききに来てくだされば幸いです^^!