「言葉の意味」を追い求め

こんにちは。tigubaguこと桂木大輝のブログへようこそ。発達障害当事者、ひきこもり経験者の僕が日々感じたことを徒然なるままにつづっていきます。読んでくだされば幸いです。

迷うことを楽しむ~旅に出たい~

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

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 迷ってばかりの俺の人生

俺の人生振り返れば迷ってばかりだった。

高校も途中で行かなくなり、ひきこもりになった。

大学は何とか行ったけど、特になにか在学中に目覚ましい功績をあげたとかもない。

就職活動は一切やりたくなかったけど、「周りがやっているから」というまじでふざけた推した理由でやった。

実際何一つ面白くなかったけど、受かった1つの営業に会社に入社した。

それも1週間でやめた。

そのあと農家でずっとバイトしてためたお金でアジアをバックパッカーした。本当に楽しかった。

アジアから帰り居場所~特性を生かす道~(以下 いばとく)の仲間となった。

いばとくでは広報担当としてひきこもり経験を語る講演会をやったり、大好きなコントや漫才を披露したりしている。

それと同時に就労移行支援に通いプログラミングの勉強もしている。こちらはとても大変だ。

 

今までの僕の経歴をザっと書いたが、僕の人生を振り返っての印象は「とにかく迷っている」だ。

思いついたとき即行動に移したこともあれば、熟考した末に結局行動に移さなかったこともある。

好きなことだ!と思って始めてみて途中まではよかったがやめたこともあるし、とがっていて不平不満がたくさんあったことも年とともに減ったいったものもある。

 

 

今も迷っている。

いつまでたっても、どういう風に人生を生きていったらいいかがわからない。

どういった心構えをもって生きていったらいいかがわからない。

何をして生きていくのが自分にとって幸せなのかもわからない。

もっというと何が自分の幸せとなるかもわからない。

人生全般わからないことだらけすぎてとにかく迷い倒している。

 

「自分の天命がわからない!」というほど大きな話でなくとも、自分が何で幸せを感じるかくらいはわかっておきたいところだけどあいにくわからない。

自分のことも全然わからないから、他者のことはもっとわからない。

いや、他者の方がもしかしたら変に限定された知識で眺めているからわかるのか?

うーん、それもわからない。

迷っている。

よく言われる「人生は旅に似ている」

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バンコクカオサン通り

言わずと知れたバックパッカーの聖地。僕も一度行ったことがあるけれど思ったほど範囲が狭くてびっくりした。

 

自分が何をしているときが好きかを考えるといつも最後は以下の4つに絞られる。

旅、読書、コントをしているとき(漫才をしているとき)、ゲーム

このなかでも特に旅は大好きだ。

自分の知らない土地に行くワクワク、

自分が知らない世界がまだまだ世の中にはたくさんあるんだというワクワク、

世界の広さからみりゃ自分の悩みなんてちっぽけに思えてくる爽快感、

旅先(特に海外)での出会い、

ADHDの僕にとって旅は刺激の連続で飽きることがない。

 

よく旅は「人生そのものだ」と言われる。

僕も一人旅をしているからこそこの言葉はよくわかる。

一人旅も、人生も、

どう旅をするかは結局は全部自分で決めなければならない、

どこに行くのも自由、

さまざまな出会いがある、

助けを求めるときは自分で声をあげなければいけない、

大体のことはなんとかなる、

などなどいろいろとある。

しかし一番旅と人生が似ているなと感じるのは「どっちも迷うことが醍醐味」ってことかなと僕は思う。

迷った旅ほどおもしろい

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インドはニューデリーの教会

僕の旅をしてきた感想としては、迷わずに目的地にすーっと行った旅よりも、

地図もなく、言葉もわからず迷い倒した旅の方がすごく思い出に残っているし、なにより(振り返ってみて)楽しかった。

 

迷ったときの旅ほど、

出会った人の優しさに感激し、

空腹時に食べた飯のうまさに感激し、

ようやく見つけた宿に感激し、

迷った旅にはいろんな感動が詰まっている。

 

それに今はなんでもスマホで調べられる時代。

電車やバスの乗り換えはナビタイムで1発検索。

外国の地理でさえ、全部グーグルマップで見れるし、日本語で見れる時も多い。

それに英語も調べれば一発で翻訳されるし、観光地も調べればいくらでも候補を挙げてくれる。

そういう意味では今の時代は旅で迷うこともほぼ皆無になってきたんじゃないだろうか。

だからこそあえてスマホを持たずに旅をするのも僕は本気でありだと思っている。もちろん安全面には十分注意して。

迷いを楽しむ

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旅と同じように人生も迷うことを楽しめたらすごく生きやすくなると思う。

迷うことを楽しめるようになるとなにより心に余裕ができるから、もっともっと生きるのが楽になる。

 

先のわからないことを、先がわからず不安ととるか、先がわからないから自分でもびっくりするようなことが起きるかも!楽しみ!ととるかで全然人生の楽しさは変わってくる。

なにもわかない今のこの状況を、わからないからわかるまで俺は動かねえ!とするか、わからなくてもいいけんとりあえず動いてみっか!とするかで全然変わってくる。

 

迷っているとき、自分はどうなるんだ!もう終わりだ!という気持ちに押しつぶされそうになったときよく「あ、俺は今迷っているな」と自分と思考(感情)を離して考えてみるようにしていた。

これだけでかなり落ち着けて、余裕が生まれる。

 

迷っていることを楽しめる工夫を施せたら人生はいつだって楽しい。

今も俺は迷っている。この先どうなるか全くわからない。

とりあえず迷いながらでも今日一日を生きていきます。

 

僕の人生にも、皆さんの人生にも幸あれ!

 

今日も皆様の一日が素敵な日となりますように^^!

 

「反省の仕方」を考える~謝れる力~

おはようございます^^

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 なぜ怒られるのかがわからない

僕はとにかく怒られます。

まあ~怒られます。

怒られはするんですが多くの場合「なぜ怒られるのかがわからないこと」が多いです。

怒られている理由がわからない原因としては特性の影響もかなり大きいです。

もともと話の流れとか、その場の空気の構造を読むのがまじでできないんで、それの延長として「なぜ怒られることになったのか」という因果関係がわからないんです。

 

そしてもう一つ、怒られる理由がわかったとしても「それでそんなに怒る必要あるかなあ?」と思ってしまうんですね。

これはひとえに相手の立場に立たず、自分のものさしだけで相手のことを考えているからこうなるんだと思いますが、思っちゃうものは思っちゃうんです。

そんな怒る必要ないのにな、とつい思ってしまう。

これに関しては、自分の思いも受け止めたうえで、相手にとっては怒るほどのことだったんだとマニュアル操作で納得するしかないですね。

よかれと思って行った行動が裏目に出てばかり

怒る理由がわからないと書きましたが、そのうえでなんとか自分が怒られる時ってどんなときが多いかを考えてみました。

わかったのは僕は「自分の判断で勝手に行動した時」が怒られることが多いみたいでした。

一番よくあるのが「自分が他者に対してよかれと思ってなした行動」に対して怒られることですね。

よかれと思ってなした行動が怒られるというのは言い換えれば「ありがた迷惑」ってことです。

特にグループに属していると、自分個人の判断で勝手に行動をしてしまうと僕以外の仲間たちに対していろんな面で迷惑がかかります。

他者からすればそれが僕個人の判断なのか、グループ全体での総意なのか、その違いはわかりませんからね。

まず謝る

こういう怒られたとき僕がとる行動は、「とにもかくにもまずは即謝る」ということです。

怒る/怒られるの関係になった時、僕もついついしてしまうんですが、「どちらが正しいか間違っているか」を考えてしまうんですね。

しかし絶対的に正しい人間なんて存在しません。

自分がどれだけ正しいと思っても別の人からすれば間違っていると思われることなんていくらでもあります。

それゆえに僕は正しいか間違っているかの論争はいたずらに体力を削るだけだと思っているので怒られたときはとにもかくにもまずは謝るようにしています。

この際自分の小さなプライドに拘って謝ることができずに相手との関係が悪化してしまいより悪い状況になるくらいなら、さっさと謝ってしまうが吉です。

 

なぜ怒られているのかわからなくてもまずは謝り、怒られているということに対してこちらが誠意を見せれば親切な人であれば落ち着いてなぜ怒ったのかの理由を説明してくれます。

それにそもそもしっかりと謝る態度を見せれば多くの場合相手も冷静になり、「言い過ぎた」と言ってくれる可能性もあります。

 

こういった意味でも僕は謝ることができるとは一つの力だとも思っています。

プライドに固執せず、正しさにとらわれずまずは頭をさげ謝れる力。

できている人が少ないからこそすごく大切な力だと思います。

行動で示す

僕は反省というのは一言で書くなら「行動で示すこと」だと思っています。

心の中で申し訳なく思ったかどうかではなく、どれだけ行動を変えていけるかということです。

そういう意味では僕はどうしても変えられないものってあると思うんです。

例えば僕は貧乏ゆすりがADHDの多動の特性上やめられないんですが、これに対して「その貧乏ゆすりをやめろ!」と言われても特性だから行動を変えることはできません。

なので無理をせず行動を変えられるものは変えて、変えられないことは変えられないでいいと思うんです。

反省できることはしっかりと行動に変えていきできないことはできないと相手に伝えること、これが大切かなと思います。

 

世間的には「できないこともできるようになれ!」という考えが根強いですよね。

僕はできないことを無理してできるようになると、無理したぶんストレスがたまり余計に悪くなった経験があるので自分の経験からも変えていけそうなことを無理なく変えていくことからやっていくのがいいんじゃないかなと思っています。

 

ということで今回のブログは以上です^^

謝れることは強さです^^

今日も皆様の一日が素敵な日となりますように!^^

ではまた!^^

7月 ブログ月1500PV達成!!

おはようございます!^^

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8月になりましたね^^!

今年も後半戦に突入し気づけばあっという間に終わっているんだなと考えるとさみしくなりますね💦

 

今回はご報告です!

先月の7月にずっと目標にしていた「ブログ1か月1500PV」を達成しました!

ブログ毎日継続を初めて7か月目でようやく達成できました!

早い人はなんなら1か月目で1か月1万PVいく人もいますが、僕はそこまでの才能もなく、毎日継続!の一点集中でようやく7か月目にして1500PVを達成することができました。

 

「継続は力なり」は本当に間違いないと思います。 

 

とはいえブログというのはとてもシビアな世界です。

今日PV数が多かったからといって明日もそうなる保証はどこにもありません。

実際「お!PV数すごい伸びてる!」となった次の日全く伸びなかった、なんてことを何度も経験しています。

気を緩めず、これからも毎日更新をずっと続けていきますので、どうぞ引き続きよろしくお願いします!

 

今日も皆様の一日が素敵な日となりますように!^^

インド料理屋のインド人スタッフを見てすごいなと思う話

おはようございます^^

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インド料理屋にたまに行くようになった

今年に入ってからたまにですがインド料理屋さんに本場のインドカレーを食べに行くようになりました。

僕は実際にインドにも行ったことがあるのですが実際のインドのカレーと全く引けを取らないくらいクオリティが高く驚いています。

むしろ日本のインド料理屋さんのほうが本場よりも日本人の口に合わせて作られているためおいしいとすら感じます。

 

で、インド料理屋さんにはほぼほぼインド人のスタッフの方が働いておられます。

大体のパターンが1、2人日本語が堪能な人がいてその方はホールやレジ、電話係を担当して、まだ日本語を練習中という人はキッチンに回るという感じです。

それにしても必ず一人はいる日本語堪能なインド人のスタッフさんには毎度毎度驚かされます。

今回はそんなインド料理屋のインド人スタッフをみて感じたことをブログにしました。

賛否両論はさておき、シンプルに僕がすごいなって感じる

日本に滞在する出稼ぎ外国人に対しては賛否両論がありますが今回そこに関しては触れないでおきます。

シンプルに僕tigubaguがインド料理屋のインド人スタッフを見ていていつも「本当にがんばっててすごいな」と感じたということを中心に書いていきます。

 

本当にすごいと思います。

だって周りに知り合いもだれもおらず、おそらくは単身で日本にやってきて、自分の母国語を使わずに一生懸命日本語を勉強し話せるようにまでなり、そして商売をする。

本当に大変なことだと思います。

ゆえに本当にすごいと思っています。

 

もちろん仕事も大変でしょうけれど、日々の日常生活でも文化の違いゆえに困ることってたくさんあると思うんですよ。

そしてその土地に住み続けるというのはそういう大変さを全部引き受けて生活し続けることじゃないですか。

本当にすごいと思います。

 

また日本は多民族国家のような様々な人がいるわけではなく、見た目上は似たような人が多いため、どうしても外国人は目立ってしまいます。

その中できっと日本独特の世間からの視線や、声なんかにも悩むときももしかしたらあるかもしれません。

それでもそこに住み、店を構え、おいしい外国の料理をふるまってくれる。

本当にすごいと思います。

(もちろん日本人の中でも見た目が様々であることは重々承知しています。

それに日本人、ひいては○○人というくくりもとても乱暴なくくりであることも承知しています。今回はブログを書く上での便宜上使用しています。)

日本の中でも引っ越しは大変なのに、それを世界レベルでやるすごさ

僕自身は日本国内の中でもいろいろな場所に住んできました。

なんでそんなに住むことになったのかというと一言「一身上の都合」です。

経験したからこそわかりますが日本の中でも、(もちろん外国と比べるほどではないですが)場所が変わると結構いろんなものが違ったりして苦労します。

下手すりゃ同じ都道府県の中でも、市が違うだけで結構違ったりするところもありますもんね。

 

同じ国の中でもこうなのに、それが世界レベルになって国ごと変わるってなったら本当に大変なこともたくさんあるだろうなとそう思わずにはいられませんでした。

自分だったらまずできないことです。

国を超えての生活、、短期(せめて最高でも3年?)ならやってみたいなとは思っても、店を構えまさにその国で一生を過ごすという覚悟は持ちきらないですね。

本当にすごいです。

 

ただただすごいなあ、という気持ちを抱きながらいつもインド料理屋ではインドカレーを食べています。

あのチーズナンがまあじでうまいんだ!^^

 

今日のブログは以上です^^

今日も皆様の一日が素敵な日となりますように^^

ではまた!^^

1人で過ごす力 part2

おはようございます^^

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昨日「1人で過ごす力 part1」をブログにあげました。

今回はそれの続きです。

 

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孤独の効果(タイトル)

③創造力(創造力)が育まれる。

孤独の効果の3つ目は「創造力(想像力)が育まれる」ことです。

少し長いですが以下の文章を引用します。

 

ライターのスーザン・ケインは“コーディング戦争ゲーム”という研究を引き合いに出して、創造的な仕事をするにはプライバシーが重要だと述べる。

その研究は、92社に在籍するプログラマー600人あまりの仕事ぶりを比較したものだ。

同一社内のプログラマーたちはだいたい同レベルの成果をあげていたが、各社を見渡すと驚くほど成果に不均衡が見られた。

トップの成果をあげているプログラマーたちは、「ひとりになれる空間、自分の好きにしていい労働環境、むやみにじゃまが入らないことといった働き手のプライバシーに最も配慮している企業に圧倒的に多かった」という。

プライバシーが確保されれば創造性が高くなるのは当然だろう。自分のまわりの人やものごとから離れて精神を集中させれば、よく考えられるようになる。

自分自身の思考に取り組むには決定的で、それが心理学で“メタ認知”と呼ぶ過程である。

誰もが潜在的にその力をもっている。重要なのはその力をはぐくむことだ。

僕も活動や、漫才やコントでのネタ作りなどでアイデアを出さなければいけないときは当然孤独な状態でアイデアをひねり出します。

毎日やっているこのブログを書いているときも、いばとくキャスで何をするかのアイデアを出すときも当然1人で行っています。

孤独の時こそペンをもち、紙を広げ、今自分が考えていることや、気になっていること、不安なことを躊躇せずとにかく紙に書きなぐります。

そうすると自分がこういうことを考えていて、これからどうしたいのかがぼんやりとでも見えてきます。

このように自分の人生をどのように創造していくかということも孤独の時じゃないと考えられません。

こういった孤独の時間をさけてスマホに向かい刺激ばかりを追い求めていると創造力が育まれなくなるので、「自分が何をしたいか?」、「自分は何者なのか?」がわからなくなっていきます。

④ものごとを時間をかけて考えることができる

ものごと考えるには時間がかかる。自分自身を見つめるには時間がかかる。友人を作るには時間がかかる。うまくできるようになるにも時間がかかります。・・・でも今の子どもたちには時間がありません。

常に接続していて1人の時間をもたないと「時間をかけて、ゆっくりと考える」という能力が身に付きません。

ほかにも「わからない状態を維持すること」ができません。

僕も何度もこのブログで書いていますが、人生は、この世界は、とにかくわからないことだらけです。わからないことで埋め尽くされています。

だからこそすぐに「わかる」状態に飛びつくのではなく、わからないことを受け入れる余裕が必要なのです。

 

そして「考える」という行為はこのわからない状態の上で余裕をもってするからこそ、③の創造力も相まって自分独自の考えや、発想がでてきたり、はたまた落ち着いて自分を責めることなく考えることができるのではないでしょうか。

 

ゆっくり考えることができると、なにより人生に落ち着きがもたらされるのでそれだけですごく生きやすくなります。

それに引用文にもあるとおり考えることだけではなく、自分自身を見つめるのにも、友達を作るのにも、何かができるようになるのも時間がかかります。

1人になり、じっくりと時間をかける必要があるのです。

どうすれば「1人でいられる力」を養うことができるのか

孤独を味わう能力はつちかうことができるのだろうか?配慮と、ていねいな会話さえあればできるはずだ。

子どもたちは思いやりがあり配慮のできる他者がいるところで、孤独を味わう能力を育てていく。

(中略)

愛着があってこそ孤独になれるのだ。

パウルティリッヒのすばらしい記述がある。

「言語のなかに・・・ひとりきりでいる苦痛を表現する“孤立(ロンリネス)”という言葉が生まれた。そして、ひとりきりでいるという恵みを表現する“孤独(ソリチュード)”という言葉も生まれた。」

孤立は、私たちに愛着が最も必要な幼少期に“愛着の欠乏”から生まれ、感情的にも身体的にも痛みを伴う。

孤独とは安んじて建設的にひとりでいられることであり、まさにその幼少期に人間的なつながりがうまく結べてから、できていく。

現代は子どものころに両親から愛をもらえず、孤独ではなく孤立を感じている人がたくさんいます。

だから引用文にもある通り、他者とFace to Face(面と向かって)コミュニケーションをし、他者と実際に(ネット上ではなく)つながり関係を持っていくことが、孤独を味わう能力には不可欠です。

 

孤独というのは、自分は1人ではないんだという安心感があって初めて受けいれられることです。

逆説的ではありますが孤独を味わい、孤独の効果を実感するためには他者とのつながりは必要不可欠なのです。

そういう意味ではコミュニケーションの多くがSNSなどのネット上でのやりとりに偏ってきている現代において「孤独でつらい思いをしている人」が増えているというのはなんらおかしいことではないですね。

孤独がつらいときこそ、人と面とむかいコミュニケーションをとることが本来は必要なんですけれども、それもどんどん難しくなっているのが悩ましいところです。

 

1人でいること、孤独を味わうことは人生を実り豊かなものにする上で決して欠かせない必要条件です。

 

今日のブログは以上です^^

今日も皆様の一日が素敵な日となりますように^^

ではまた!^^

1人で過ごす力 part1

おはようございます^^

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1人になればすぐにスマホ

現代の多くの人が1人で暇な時間を過ごすときにスマホとともに過ごしています。

僕も嫌だ嫌だとは思いつつもスマホの誘惑に負け1人でいるときの大半の時間をスマホに費やしています。

 

今回は1人で過ごす力のタイトル通り孤独のメリットを書いていきたいと思います。

そしてブログを書く上で以下の本を参考、引用しています。

スマホ社会を生きる全員に必読書だと僕は思っているくらい有益なことが書かれてありますのでよければぜひ読んでみてください^^

シェリー・タークル著『一緒にいてもスマホ

一緒にいてもスマホ ―SNSとFTF―

一緒にいてもスマホ ―SNSとFTF―

 

 

現代はスマホで常時誰かとつながることができるおかげで、「完全に1人になる時間」をほぼすべての人がもてなくなっています。

完全な1人の時間、つまり孤独の時間ですね。

 

孤独の時間は忌み嫌うべきものとして扱われます。

しかし本当にそうでしょうか?

孤独の時間ははたしてよくないことばかりなのでしょうか?

自分がなにか勉強したり、スキルをみにつけたりとするための時間は孤独な時間です。

自分のことについて思索をめぐらせるのも孤独な時間です。

それに人といると疲れてしまい自分の中のチューニングがくるう。狂ったチューニングを1人の落ち着いた時間に整えて元に戻す。これも孤独な時間です。

 

単刀直入にいうと人が人として生きていくためには孤独な時間が欠かせません。

では実際孤独にはどんな効果があるのでしょうか?

孤独の効果

①感情をしっかりと感じ、自分を受容できる。

少し長いですが以下の文章を引用します。

僕がひとりで車に乗っているとき、ブルース・スプリングスティーンの歌が聞こえてきた。

その歌を聞いているうち、ふっと落ちていくような、休み明けに憂鬱で登校したくないような気分に襲われ、すっかり悲しくなった。

それで、「そうだよ、俺はとことん悲しいのさ」と思って、スマホを取り出してメールを、ざっと50人ばかりに打とうとした。

ともかく、そういう悲しい気分になったんで、スマホに手を伸ばして、それからこう思った。

「わかってるだろ。やっちゃいけない。たんに悲しくなってりゃいいんだ。悲しみを感じて、トラックに轢かれるような気分にまかせていればいいんだ。」

それで僕は車を停めて、弱虫野郎みたいにさめざめと泣いた。散々泣いたら、きれいさっぱり。悲しみには詩的な美しさがある。悲しいときを生きるから幸いなんだ。

感情をそのままゆっくりと受け止めて感じる力。

これができるだけで人生はとてもゆっくりで、とても穏やかで、とても実り豊かなものになります。

僕は自分のことを振り返り、ここ最近何にも邪魔されずに悲しみきったことってそういやもうないなとわかりました。

悲しい気持ちが湧き起こったらそれをごまかすためにスマホに逃げる。

不安な気持ちが襲ってきたらそれをごまかすためにYouTubeで動画を観る。

依存というのは自分の不快な気持ちから逃げるためになってしまうものなのかなと思っています。

 

僕の経験上、感情というのはごまかそうとすればするほどどんどん大きくなっていきます。

しかも実態がないただの幻ゆえに怖がって逃げれば逃げるほどより怖く見えてきます。

そうならないためにはまずはしっかりとその感情の存在を認めて、その感情に対して居場所を作ってあげることです。

そしてしょせん感情にすぎない、自分をどうすることもできないさ、と理解することが大切です。

すぐにスマホに走るのではなく、一度落ち着いて自分の感情をそのまま感じてみるのもやってみてはいかがでしょうか。

②他者に共感できる。他者に手を差し伸べることができる。

他者に手を差し伸べることができるのも、他者を別個の独立した人格として見ることができるのも、孤独を味わう能力あってのことだ。

ありのままの姿以外を他者に求めなくて済む。

それはつまり、他者に話に耳を傾け、その人の言い分を聞くことができるということだ。

そのため共感をはぐくむには孤独を味わう能力が不可欠となる。

僕の言葉で言い換えるなら「自分1人で人生を歩ける力が備わって初めてありのままの他者を受け入れ、コミュニケーションをとることができるようになるですね。

孤独を楽しめる、孤独を友とできて、初めて他者を自分の要求の色眼鏡でみるのではなくありのまま見ることができます。

僕も不安定なときほど他者に対して「こういうことを言ってほしい!」、「なんでもっと優しい言葉をかけてくれないんだ!」とありのままの他者を受け入れられずにいます。

そして当然ですがこんな状態じゃ良好なコミュニケーションなんて取れるはずもありません。

また引用文にもある「他者に手を差し伸べる」というのも自分自身が1人で安定して立っているなと感じているときにしかできません。

他者に不安を埋めてもらいたいと欲しているときは、自分がしてもらうことばかりで全く他者に手を差し伸べるなんて考えは抜け落ちています。

 

 

Part1は以上です。

明日のpart2では孤独の効果の続きである「想像力が育まれる」と「ものごとを時間をかけて考えることができる」と言ったことを書いていきたいと思います。

明日もよろしくお願いします^^

 

今日も皆様の一日が素敵な日となりますように^^

修行の毎日~寿命まで生き抜いてやる~

おはようございます^^

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 自分が死んだって、知らん顔で世界は周り続ける

相も変わらず生きづらい毎日です。

閉塞感、モヤモヤは常に僕とともにあります。

こんなもんだから、希死念慮を感じるなんてのはもはや朝夕のはみがきくらい日課になってきましてね。

ここ最近ずっとは希死念慮を感じることは感じるけれどもそれをただの1感情だなと割り切れてきています。

 

仮に今僕がここで死んだって世界は知らん顔して周り続けます。

世界のほぼすべての人間が僕が生きていたことも、死んだことも知りません。

僕が今ここで死んだって、

環境問題は依然残るし、

コロナ騒動は続くだろうし、

AIへの移行はどんどん進められるだろうし、

GAFAの4大企業は今以上に力をつけるだろうし、

貧困問題は依然続くだろうし、

とにかく僕一人がいなくなったところで世界は何も変わらない。

 

僕はこのことが腹の底から悔しいんです。

俺の命だぞ?

何にもないなんて悔しすぎる!!

だからこそ僕は負けたくないからこそ寿命まで生き抜いてやるんです。

何も成し遂げられないかもしれない、何者にもなれないかもしれない、

でもせめて途中離脱はせず最後まで生き抜いてやろうと。

悔しさからの生のモチベーションですね。

こう考えると死にたいと希死念慮が沸き起こっても、死んでたまるかが出てきてうまく相殺してくれるんです。

 

おそらく、僕のこの生へのモチベーションはなかなか理解されづらいです。

僕も理解してほしいとは思っていません。

そのうえで僕が言いたいのは「悔しさはすごい原動力になる」ということです。

実際心理学なんかでも、楽しさやうれしさよりも悔しさ、怒り、嫉妬などの負の感情のほうがずっとモチベーション維持には役立つという結果もあります。

皆さんも、例えばテストの勉強なんかをするときでも、「〇位をとろう!」と漠然と思うよりも、「むかつくあいつにだけは絶対に負けたくねえ!!」と感じているときのほうが多分勉強に身が入ったと思うんですよ。

それと同じ理屈を僕は人生に応用しているだけです。

途中で僕が死んだって、この世界においてその死には何の意味もない。

だからだからせめて最後まで生きてやる。最後の最後寿命尽きるまで生きてやる、ってことです。

 

そして、自分が死ぬことで当然ですが悲しむ人もいます。

しかし悲しんでくれはしても僕の抱えていた苦しみや、つらさまでは究極にはくみ取ることはできない。

このことが僕は悔しいんです。

結局決め手は、自分で自分を受容し、自分で支えるしかない。

なら自分で自分を生かしてやろうぜ、ということなんです。

人が見れば「全く筋の通っていない話だ」と思われるかもしれませんが、僕はこれで実際生きる力をもらってます。

日々の日常は修行です

刺激も特にない、ワクワクもない、ただ淡々と自分で決めたやることをこなす毎日。

それこそが僕は日常だと思います。

 

生き続けるためにはこの日常をどう生き抜いていくかがとても重要になると考えます。

淡々と過ごす日々に嫌気がさし、刺激を求め、お酒に走ったり、いろんな人との出会いを求めて翻弄したりと、様々な人がいます。

僕の場合は、「この日常こそが人生。日々修行!」と思い、心を落ち着け日々過ごしていくことが一番体に合っています。

もちろんたまには刺激的なこともありますがそれもほんとたまにです。

人生のほとんどの、言うなれば退屈な日常をどれだけ心静かにすごせるかが、心に迷いを生まず生きやすくなるための大きな秘訣だと思っています。

 

日々修行です。

今日も生きます。

 

皆様の一日が素敵なものとなりますように^^

これからの時代「自分ですることを生み出す力」が必須になる

おはようございます^^

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 やることがどんどんなくなっていく時代

現代はAIの時代に片足を突っ込んでいる時代です。

みなさんも一度は「いまある仕事の大部分が機会にとって奪われてしまう」というのはきいたことがあるとおもいます。

実際スーパーなんかに行くと無人のレジもどんどん数を増やし、今ではコンビニも一部ですが無人レジもあります。

飲食店なんかも「何名できたか」の受付をペッパー君がやってくれたりするところもちらほらと見かけるようになりました。

それだけでなく、予備校も今までのような授業形式でなくどんどんオンライン授業に変わっていっています。

自動車もいずれは全自動運転化すると言われています。そうなるともうタクシー運転手やバスの運転手も必要なくなります。

ドンドン仕事がなくなっていく世の中です。

 

仕事だけではなく、日常生活の中でも人間はどんどん「やらなくていいように」なってきています。

全自動洗濯機、全自動皿洗い機、全自動卵割り機、などなどいろいろなものがオートメーション化しています。

それになによりスマートフォンの存在です。

スマホの存在により日常生活が以前(スマホがないころ)と比べて格段に便利になりました。

今まではいちいち手間暇をかけてやらなければいけなかったことが今ではスマホ1台でほぼすべて解決できると言ってもいいくらいです。

 

このように、しなくてもよくなり、なんもかんもが便利になると人はどうなるか。

そう、「圧倒的に暇になる」んです。

暇になると人は自分に意識が向き、多くの人がネガティブな考えにとらわれます。

(ネガティブな感情というのは、いい意味でも悪い意味でも心にとっては刺激になります。だからその刺激をあじわうことにより暇から逃れているのです。)

 

 

「いや暇なわけなかばい!!おいはちかっぱ忙しかったい!!」

という人ももちろんいると思います。

そういう人は、そういう人です。

 

今回取り上げたいのは、することがなくなって暇、ひいては退屈を感じている多くの人たちです。

仕事をしていても暇なときが多い、という人って結構いるんです。

そうでなくとも休日の過ごし方がわからない、友達といてもすることがない、

一緒にいてもずっとスマホ、、などなど暇を持て余している人ってかなりの数います。

実際スマホは暇をぶっつぶす最強のツールだからこそ、暇の代名詞でもある「待ち時間

」にみんな憑りつかれたように弄るのだと思います。

 

ここからは僕の考えです。

僕はこんなすることを機械やAI、スマホに奪われた時代だからこそ「自分で何かすることを生み出す力」が必須のスキルになってくると考えています。

何かをすることを生み出す、というと仰々しいように聞こえますが大したことじゃなくて全然いいんです。

自分でご飯を自炊してみる、

遊んでなかったゲームを最後までクリアしてみる、

ひたすら家の掃除をする、

折り紙を折りまくる、

DVDを見たおす、

などなど時間を潰せて、没頭することができれば基本なんでもOKです。

 

ただ「ひきこもりの時間の使い方」でも述べましたが、この膨大な時間を何に使うかで人生は大きく変わってきます。

なのですることは基本自分がやりたいことならなんでもいいですが、より自分のためにするなら、

  • 自分がそのすることに没頭できる。
  • 将来の自分のためになること。
  • 目的意識をもってすること。
  • 誰かのためになること。

などを考えて、決めてみるのがいいと思います。

特に「目的意識を持つ」というのはとても大切で、「自分が主体的に行っている」、「自分の意思で人生を歩んでいる」と能動的に人生を生きている実感を味わえるので常に持つように心がけましょう。

ひきこもりの真価を発揮できるとき

ひきこもりはとにかくたくさんの時間があります。

ですから否が応でも自分で何をするか決めて生きていかなければなりません。

僕は、このスキルを鍛えるにはひきこもりこそ最善だと思っています。

ひきこもりの莫大な時間をどう過ごすかを真剣に考えることは、仮にひきこもりでなくてもこれからどんどんすることがなくなっていく時代に、その時間をどうやって過ごすかを考えるいい練習になります。

 

僕自身ひきこもりのときに読書習慣を身に着けられたことは本当に良かったと思っています。

いまも待ち時間はスマホを開くのではなく、本を開こうと無意識に行動に移せるのはすごくいい習慣だなと感じています。

淡々と、集中して、目の前のことに取り組めるか

することを決めて、いざやろう!というときに個人的に最も大きな障壁だなと感じているのが「集中できるかどうか」です。

というのも、みんなが同時に一斉に何か同じことをしているのであれば監視の目もありますし、そもそも自分ひとりがさぼってはいけないという気になって何とかやりとげるでしょう。

しかし自分一人でやることを生み出し、それを自分一人で実行に移すわけですから、いつどこでやめてもだれもチェックもしないし、怒りもしません。

途中で飽きてスマホをず~っと見てたって誰も何も言わないわけです。

 

自分が決めたこと、自分一人で始めたことを形にし、習慣化するためには、一定期間集中して継続し続ける必要があります。

集中できる、なんてのは一昔前の人なら誰でもできていたことでした。

しかし現在はたくさんの集中を奪うものがあるせいで集中をすることがとても難しくなっています。

逆を言えば、現代は集中して継続することさえできれば成功の確率は跳ね上がるんです。

まずは集中して淡々と、継続していくことです。

 

以下の僕のブログにも参考となることを書いていますのでよければ読んでみてください^^

www.dotama-kotoba.com

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今日のブログは以上となります。

今日も皆様素敵な一日を過ごしてくださいね^^

ではまた!

いつもカーテン全開で過ごしてた人の話

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

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 大学時代のお話

僕は大学に入学すると同時に一人暮らしを始めました。

僕のアパートの隣は空き地になっており、その空き地を挟んでまたアパートが建っていました。

そのアパートの住人の男性の一人(以下 カーテン君とします)が3階に住んでいたんですが、いっつもカーテンを全開にしてすごしていたんです。

 

早朝も、日中も、夜も、深夜もいつもです。

で、カーテン君は机を窓の前に置いていたため外に目を向ければ、道を歩いている人と目があう可能性だって全然あるわけなんです。

それなのに一向にカーテンをしめない。

というか、今思えばカーテンがあったのかどうかも疑わしいです。

 

かたくなにカーテンを閉めないものだからいつの日か僕はどこか尊敬の念まで抱き始めました。

普通家の中とか、日常生活って見られたくないものじゃないですか。

それなのにカーテン君は、全部見なさいよと言わんばかりに全開なんです。

(部屋の中は丸見えでしたが、もちろんトイレやお風呂は見えません。)

 

なぜあんなにも堂々としていられるのだろうか。

いや見られていようが見られてなかろうがそんなことそもそも気にすらしないということか?

なんにせよ僕は自分にはしきらんことを堂々とやってのけているカーテン君を尊敬していました。

人に変な人と思われたくない・・・俺はいったい何を守っているのか?

当時も今も僕は街ゆく人々に「変に思われたくない」、「普通にふるまわなきゃいけない」という思いにがんじがらめにしばられています。

だからかよくカーテン君のことを思い出すんです。

カーテン君は、人にどう思われるとかさほど気にしないんじゃないだろうかって。

 

カーテン君のことを思い出し僕は自分のことを考え直してみました。

僕は人に変な人と思われたくない、と感じているけれどそれはなんでなのだろうか?

いったい何を守っているのだろうか?

 

「変な人に思われたくない!」ってのは十中八九いじめられた経験ゆえにでしょうね。

変な人で変わり者であったがためにいじめられた。

だから今もそれをされると思い込んでしまっているというところでしょう。

守っているものは、プライドでしょうか。

 

冷静に考えれば、変な人でいじめられたからといって今もそうなるなんて本当に勝手な思い込みにすぎません。

変な人と思われてもいいから堂々といろんなことやったほうが人生は間違いなく楽しいです。

 

そんなことをカーテン君のことを思い出しながら考えています。

僕の部屋のカーテンは開いています。

 

今日も皆様の一日が素敵な一日になりますように^^

ネガティブの最高のメリット

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

https://twitter.com/tigubagu0123

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 ネガティブの感情とどう向き合っている

皆さんは普段ポジティブな性格ですか?ネガティブな性格ですか?

ポジティブなときもあれば、ネガティブのときもある、みたいな感じですか?

心理学的に言うと人間は基本的にはポジティブよりも圧倒的にネガティブな感情になりやすいみたいです。

それは古来狩猟採集時代にネガティブな感情でいたほうが身の回りの危険を認知しやすかったからだと言われています。

 

とはいえ現代において、狩猟採集に出かけるときなんて(絶対にないとは言いませんが)ありません。

基本的に現代、しかも先進国日本においては命の危険はまずありませんからネガティブの感情はただただ自分を苦しめるだけの感情として扱われがちです。

そういうこともあってかネガティブな感情になるだけで、「ああ、また自分はネガティブな感情になってしまった・・・」とか「ネガティブな自分が嫌だ・・・」と思っている人はたっくさんいます。

 

僕も基本ベースはポジティブで楽観的よりかは、常日頃から頭の中で考えすぎるほど考えてしまうネガティブベースの人間です。

よくないこと、もし○○になってしまったら、俺はもう終わりだ・・・

など暇さえあればネガティブ思考になっちゃいますね。

 

しかしネガティブは果たして本当に忌み嫌うべきものなのでしょうか。

実際はネガティブの感情にはとても大きなメリット(効用)があるのです。

ネガティブの感情のメリット(効用)

今回このブログを書くために以下のスーザン・デイヴィッド著『ハーバード流 こころのマネジメント』を参考、引用しています。

よければ実際に読んでみてください^^

思考や感情に対する見方が変わるかと思います。

 

 

本著にはネガティブには6つの大きな効果があると書かれています。

  • 議論を組み立てるのに役立つ
  • 記憶力が向上する
  • 粘り強くなる
  • 丁重さと礼儀正しさが増す
  • 道徳的意識が高まる
  • 確証バイアスに陥りにくくなる

の6つです。

この中でも個人的に肌感覚としてそうだな!と感じたのは、

「議論を組み立てるのに役立つ」、「丁重さと礼儀正しさが増す」、「確証バイアスに陥りにくくなる」の3つです。

僕の経験に即して掘り下げていきたいと思います。

①議論を組み立てるのに役立つ

具体的かつ的確な情報を入手し、現実の文脈に即した検討をする傾向が高まり、判断ミスや見落としが減る。

いずれも専門的な分野において主張の説得性を高めるため、文章を書く仕事をする人や、講演者にとってはとくに重要な要件である。

 ネガティブとポジティブの感覚的な違いとして「テンションの差」があります。

僕の場合、基本的に常時頭の中に考え事がいっぱいつまっているんですよ。

ポジティブで調子いいときも、頭で考え事はしてます。

しかしポジティブ状態で考え事をすると、テンションが高くふわふわしていてなかなか考えがまとまりません。

ネガティブの頭も体も思考モードに入っているときは、ゆっくり落ち着いて考えを整理しながら組み立てることができます。

実際こういうときは紙に書いてもやるのでさらに組み立てやすくなります。

 

落ち着いて自分の思考をまとめ、議論を組み立てるのはネガティブモードの方が向いていると僕も思います。

②丁重さと礼儀正しさが増す。

気分がさえないときは、慎重で思慮深くなり、社会的模倣(無意識に相手のしぐさや言葉をまねる行動)を行う傾向が高まる。

その結果人間関係が良好的になる。

反対に気分が良いときは、普段より自己主張が強くなる。

自分にばかり意識が向かい、他人の提案や意図を軽視することにつながりやすい。

 調子いいときって、ついつい人に横柄な態度をとってしまうんですよね。

それで相手に嫌な思いをさせた、という経験がまあたくさんあります。

 

この場合もネガティブな感情の落ち着きというのが効いてきますね。

気分がさえないときほど、たしかにゆっくりと冷静にまずは相手の話を聴こうとなれています。

③確証バイアスに陥りにくくなる

ある政治的見解の形成に関する研究によれば、腹を立てている人は自分の意見と対立する記事をより多く読むので、確証バイアス(自分の信念を裏付ける情報を求める傾向)に陥ることが少なかった。

しかも反対意見を検証したうえで自ら考えを改める積極性もみられた。

どうやら、怒りは「反対意見を論破してやろう」という気持ちを生むが、皮肉にも説得されるための扉を開けていることにもなる。

他人の意見を検証しようという意欲は、柔軟性にもつながるようだ。

 疑い深くなる、ということかなと思っています。

「信じる」というのはきこえはいいですが、その実何が行われているかというと信じるという名目のもとになされているのは他者や事象に関しての無関心ゆえの思考停止であることが少なくないです。

それゆえに昨今の多大なメディアが発する情報をうのみせず、疑える力をやしなうというのは、それだけで周りより1歩も2歩も真実に近づけるということになります。

 

 

以上3選でした。

とはいえね、やっぱり僕はこうは書きますがポジティブの楽観的な状態のほうが好きです(笑)

ただネガティブにもいいところはあるんだよ、ということを伝えたかったのです。

 

今日のブログは以上です^^

今日も皆様の一日が良き日となりますように^^

ではまた!^^

 

ps.

以前にもネガティブに関するブログを書きましたのでよければ読んでみてください^^

 

www.dotama-kotoba.com

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ひきこもっているときこそ時間の使い方が大切~part2~

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

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先日のブログ「ひきこもっているときこそ時間の使い方が大切~part1~」ではひきこもり時の時間の使い方について、いろいろとできることがあるよということを書きました。

 

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今回は、ひきこもり時の「少しでも体を動かすことの大切さ」と「モチベーションの維持方法」について僕なりの考えを書きたいと思います。

ちょっとでもいい!体を動かせ!

当然ですけれどひきこもり状態にあると意識しないとほとんど体を動かさなくなります。

しかしこれは本当によくない!

  • 体を動かさないことによる心身への影響はすさまじいです。
  • 気分が滅入る
  • どんどんネガティブ思考になる
  • 体のあちこちが痛くなる
  • 少しのことですぐに疲れてします

などなどその悪影響は計り知れません。

以下に体を動かさないことのデメリットをあげたサイトがありましたので引用しておきます。

 

『運動しないと人はこうなる!運動不足がもたらす4つの脅威』

https://tenshoku.mynavi.jp/knowhow/suppli/healthcare/054

 

『運動の重要性とその効果』

https://www.tanita.co.jp/health/detail/17

わかっちゃいるけど、どうすればいいの?

と、まあ運動が大切なことは老若男女問わず誰もがわかっていることだと思います。

じゃあ実際どうやればいいか?

僕がひきこもり時に実際にやっていた方法をお教えします。

実際にほんの少しの運動でも効果抜群なのでぜひ試してくだされば、と思います。

①腕立て伏せ10回 腹筋10回 

ごりごりに筋トレしている人からすれば、たったそんだけで運動になるか!といわれますが、ひきこもりからしたら十分に運動になるんです。

僕でもこのくらいのことなら毎日続けられました。

実際これだけの量でもかなり疲れるんですね。

大切なのは続けることです。

少しでも疲労して疲れる、というのが心と体ともに充足感を与えます。

②ラジオ体操

まじでおすすめです!

1回3分ちょっとで体のいろいろな部分を動かすことができるし、場所も取らないし、終わった後爽快な気持ちになっているしいいことづくしです。

今はYouTubeで動画が上がっていますので、僕はそれを見ながらやっています。


[テレビ体操] ラジオ体操第1 | NHK

 

お手軽で効果も抜群なのでぜひやってみてください^^

③真夜中散歩

高校の不登校時代からやっている「真夜中散歩」

今もずっとやっています。

お昼間は人が多く、億劫で外に出られなくても夜ならでることができます。

今は近くに24時間スーパーがあるので夜中に散歩をしたついでにそこのスーパーで何かを買うという目的もあるので目的意識もうまれ、かなりメンタルにもいいです。

ただ夜中にやるということなので女性の方なんかは特に気を付けてほしいとは思います。

多分今日もやります。

 

以上お勧め運動3選でした。

ここからは「ひきこもっているときに何かしようと思い立った。でもモチベーションが続かない」

そんなときの対処法をお伝えします。

モチベーションは侮れない。いろんなところに効いてくる。

「しょせんモチベーションなんて気の持ちようだろ?」という人もいます。

実際気の持ちようです。

しかしこの気の持ちようがいろんなところで自分を支えてくれるんです。

つらいとき、うまくいかないとき、こんなときにモチベーションがあるだけで全然状況は違ってきます。

とはいえなかなかモチベーションが持続しないのもまた事実。

 

例えば、「ひきこもりながら資格の勉強をしよう!」と思い立っても、なかなかそれだけじゃ続かないですよね。

以下僕のモチベーション維持方法です。

①まずは部屋の掃除!

まず真っ先に部屋の掃除をして部屋をきれいにしてください。

部屋が汚いとモチベーションも続かないし、なにより一つの物事に集中することができません。

 

特に一番大切なのは机の上ですね。

作業や勉強をするときに机の上が汚いだけで一気にモチベーションがダウンしてしまいます。

なのでどれだけ部屋が汚くても、勉強するときくらいは机の上をきれいにしておきましょう。

僕もADHDゆえに決して掃除や片付けが上手な方ではありません。

ですので机の上をきれいにするときも「とりあえず邪魔なものを視界から外す!」として必要のないもの以外は地べたに置いたり、本棚の上にそのまま置いたりしています。

 

このことから、掃除をする上で大切なのは、「完璧を目指さないこと」かなと思っています。

完璧を目指してしまうといつまでたっても始めきらないので、とりあえず必要なところをきれいにするくらいの感じで始めるのがいいですね。

あと断捨離もそうですが、3か月使わなかったものは基本的に僕の場合2度と使うことはないのでとっとと捨てることにしています。

断捨離、おすすめです。

②成功者や起業家のYouTube動画を観る

僕は現在モチベーション維持のほとんどをこの「成功者や起業家のYouTube動画を観る」で行っています。

とくに現在は、どのように集中してきたかとか、どのように継続できたかなどのHow toもしっかり教えてくださる動画もたくさんありますのでこれを利用しない手はないですね。

 

で、実際ほとんどの人が言っているんですが「続けていれば必ず何かしらの形にはなる」と言ってくださっているので、その言葉に励まされモチベを維持していますね。

 

個人的におすすめなのが

  • マコなり社長
  • マナブさん(ブロガー兼エンジニアの方)

のお二人ですね。

お二人とも具体的に勉強の方法や、モチベの高め方などを話してくださっているんで単なる精神論に終わらないところがすごくわかりやすいです。

③悔しさをパワーにする

これは人それぞれの性格もあるのでしょうけれど、

僕の場合は、ひきこもってこのまま終わりでいいのか?、ここで終わっていいのか?と今も日々自問するようにしています。

絶対に見返してやる、って気持ちですね。

 

人間という生き物はモチベーション維持に関しては喜びやうれしさよりも、断然怒りの方が維持しやすい生き物なんです。

だからこそ悔しさや、嫉妬心を利用しない手はないです。

僕も日々の継続していることのほとんどが、今ここで終わっていいのか!?という気持ちで続けていますから。

 

以上僕のモチベーション維持の3選でした。

とにかくまずは部屋をきれいにすることが最優先課題かなとは思います。

part1でも書きましたが、すべてのことはしっかりと自分自身が回復したと感じてからでいいですからね。

ゆっくりいきましょう。

 

 

今日のブログは以上です^^

今日も皆様の一日が良き日となりますように^^

ではまた!^^