「言葉の意味」を追い求め

こんにちは。このブログは普段僕が感じているまたは感じた、ちょっと哲学的なことを徒然なるままに綴ったブログです。お時間のある方は是非読んでくださいな。

アジア旅 旅記事 part1

こんにちは^^

tigubagu(https://twitter.com/tigubagu0123)です^^

昨日の晩御飯にスーパーで買ってきたモツを食べたんですよ。

安かったのもあったのかとにかく油が多くてずっとお腹が気持ち悪かったです・・・・うう。。。。

 

 

 

さてさて今回のテーマは、、

アジア旅 旅記事 part1

 

僕tigubagu、昨年の2018年の10月のまるまる1か月アジア(フィリピン、タイ、マレーシア)を一人でバックパッカーをしていました。

 

本当のに今更ではあるんですが、このバックパッカーしてたときの旅記事をブログにしたいと思います。

 

幸いというか、僕旅中にスマホで日記をつけていたのでそれを見ながらも書いていきたいと思います!

 

 

旅のはじめ僕は(2018年時は北陸地方に住んでいた。)、最初の目的地であるタイはバンコクスワンナプーム国際空港へいくために出発空港である名古屋の中部国際空港にいた。

行き方としては中部国際空港→フィリピンはニノイ・アキノ空港で中継→バンコクスワンナプーム国際空港

という流れ。

 

これから始まる旅にとにかくわくわくしていて、がそれと同時に不安や恐怖もわくわくと同じくらいあった。

 

と、わくわくと緊張に心が支配されているその時、、、

早速いきなりアクシンデントに見舞われた。

21時20分発のマニラ行きを待っていると、

〜アナウンス〜
「ゼブパシフィック航空○○便にご搭乗予定のtigubagu様、tigubagu様。確認したいことがございますので15番ゲート窓口までお越しください。」

アナウンスで名前呼ばれるという経験なんてほとんどなかったのでまさか自分だったことに驚いた。

まあ、わざわざ呼ばれるということはいいこと、ではないのは確かそうだ。

 

以下係員とのやりとり

「あ、tigubaguです。」

「tigubagu様、ご確認したいことがございまして、tigubagu様はタイへのご入国は明日の10/8で、福岡へご帰国されるのが11月の7日で、よろしいですね?」(帰りは福岡に寄って帰る予定だった)

「はい。」

「あの、この場合ですとタイの滞在期間が31日となりまして、タイに30日以上滞在する場合はビザが必要となるんです。」

「はい、それは存じ上げてます。ただタイにずっといるわけではなく、タイ入国後から3日後くらいにはミャンマーかマレーシアに向かいます。」

「あ、そうなんですね。ちょっと確認いたします」

(しばしの間)

「tigubagu様、そのミャンマーかマレーシアに行くときの航空券または乗船券はお持ちですか。」

「いえ」

「どのように行かれるつもりですか?」

「陸路で電車かバスで行こうと思ってます。その場で予約するつもりです」

「あぁ・・・。その場合ですと、タイから別国へと行くための航空券か乗船券が必要になってくるんです。で、お持ちでない場合はタイの出国が11月7日の便になるためビザが必要になります」

「・・・」

 

このときの俺はまぁ焦った。いやいやいやいや。この旅早速オジャンになるのかと思った。

 

恐る恐る聞いてみた

「ビザないんですが、、、どうすればいいですか?」

「2つ方法がありまして、まずは福岡への帰国日をずらして30日以内にする。もう一つは、タイへの入国を1日ずらして30日以内にする。今回の場合ですと、マニラで一泊することになります。」

「ああ、、、てことはマニラからバンコク行きの便を新たに取る必要があるのと、今あるマニラからバンコク行きの便のお金は無駄になるってことですよね?」

「申し訳ございませんが、そうなります」

 

 

と、と、と、ということで!

まさかの急遽マニラで一泊することになりました。

まぁ実際にはマニラに着くのは夜中なんで2泊とみてもいいですが。

まさかのマニラ。いや、マニラは全く予想外。寄る予定すらなかった。

もうこうなりゃ楽しむしかない。でもその前に、、、ホテルを探さねば。


アクシデント、これこそが旅のつきもの。

これすら楽しんで行こうぜ。


とりあえずマニラです!

ホテルさがそー

 

さあ、いきなりマニラで一泊することになったtigubagu!!どうなる!?

 

PS.

マニラの空からの夜景と、ニノイ・アキノ空港の写真です。

f:id:dotama-kotoba:20190601194511j:plain

↑飛行機からのフィリピンの夜景です。

さすがに日本以上の島国だけあって、小さな島々に分かれている国ですね。

上空からでもよくわかります。

 

 

 

f:id:dotama-kotoba:20190601194534j:plain

↑到着ゲート。人だれもいねええええ!!

 

f:id:dotama-kotoba:20190601194516j:plain

↑ここをでるともう中へは戻れません。

フィリピンはアジアの中でも英語が段違いに通じやすいので、僕の片言の英語でも、、、、通じ、、多と思います!!

f:id:dotama-kotoba:20190601194528j:plain

↑フィリピン到着後すぐに食べたバーガーキングです。

味は日本とそんなに違いはありませんでした。

 

生きるしかねえんだ。 死にたいと生きたい

こんにちは^^

tigubagu(https://twitter.com/tigubagu0123)です。

6月になりましたね^^

6月は梅雨と、暑さでやられるのは目に見えているので「ひきこもるが勝ち」ですね笑

 

さてさて今日のテーマは、、

生きるしかねえんだ。

f:id:dotama-kotoba:20190601013141j:plain

 

思い返せば不思議なものだ。

 

別に頼んだわけでもないのに気が付けばこの地球上に生を受けている。

 

頼んでもいないのに、だ。

 

で、またこの生、生きるってのはかなりやっかいで一筋縄ではいかない。

 

ことあるごとに難所が設置されてあって、デフォルト設定でそうなってんのかは知らないけれどその難所にぶち当たるように設定されてある。

この難所を超えるのがまあ大変なわけだ。

生きる力、まあ生命力と言ってもいいけれど、この難所ってやつは俺たちの生命力を鬼のように奪い去っていく。

しかもしかも順番がむちゃくちゃなんだ。

物語開始、ゲームスタート時点でいきなりラスボスレベルのやつがバンバンでてきてまじで嫌になってくる。

 

でさ、じゃあもう生きるのやめまーす。と簡単に「生きる」ステージから離脱することもできないんだ。

なぜなら俺たち人間には遺伝子なんかをはるかに超えるもう生命のレベルで「生きたいって思い」が組み込まれているからだ。

 

どんなに生きることがつらくとも、目の前が真っ暗でも、それでも人は生きていたいんだ。生きたいという思いは消せないんだ。

 

でも、中にはもうまじのレベルでこの生きたいを消しにかかってくる難所もある。

そうなると頭の中が生きていたくない、つまり「死にたい」に占拠される。

でもでもでも、だ。どれだけ頭の中では死にたい、となっていても生命はどんなときでも生きたい、いや生きる!と設定されている。

 

そしてここからさきは完全に俺の持論だけどさ、人生は生きていったほうがいいんじゃないかと思う。

理由は、俺がそう思うから、そう思うっていう理由。

 

俺も何度も死にたいと思ったし、今も思う。死のうと実際に試したこともある。

 

でも、やっぱり俺は今生きててよかったって思える。

つらいこともいっぱいあるし、死にたいって思いももちろん健在だけど、それでも

「これからも生きていくし、生きててよかった」って思える。

 

全然まとまりのない話を、ただ俺が書きたいという理由だけで書いたんだけど、

まとめると、今の俺は

 

生きていくしかない。

今日も明日も、そしてこれからも。

 

皆様これからもどうぞよろしくお願いします。

 

「学ぶ」ことは「問いが増えること」

こんにちは^^

tigubagu(https://twitter.com/tigubagu0123)です^^

ここ最近は待っているラーメンにとって代わる料理で、

「豚野菜炒めどんぶり」なるものがあります。

作り方はいたって簡単で、

①豚肉の細切れといろいろ野菜が入っているパック(100円くらいで売っている)を買ってくる。

②豚肉と野菜を中火で痛めて、鶏がらスープのもとをかける

③十分炒めたら、これらをご飯の上にかけて完成!

 

これがまああああじでうまい!

作るのも簡単!野菜も取れる!かなりおなか一杯になる!

いいこと尽くし、コスパ最高なんで、皆さんもよければぜひ一度お試しあれ^^

 今日のテーマ

さてさて今日のテーマは、、

「学ぶ」ことは「問が増えること」

f:id:dotama-kotoba:20190530230126p:plain

 

 自分でドストレートに言いますが、僕はかなりの数本を読みます。

 

そして本を読むたびにいかに自分が「何もわかっていないか、何も知らないか」を思い知らされます。

 

 

大前提として僕は本を読む前に「自分の中に探究したい問」が存在します。

 

まずは自分の頭でああでもない、こうでもないと考える。

 

その際には実際にペンをもち、ノートにぐちゃぐちゃと書きつける。

 

しかし所詮一般人の僕の頭で考え付くことなんてたかだか知れているので、先人のお偉いさんはどう考えていたのかと、文献つまり本にあたる

 

そのさい、哲学書を読んだことのある人なら誰しも経験あるとは思うのですが、とにかく書いてあることがまったくわからない。

 

それでその本をわかるために、別の本に当たる。

するとまた、わからないことが増えてくる。

 

本を読めば本を読むほどわからないことが増えてくるんです。

疑問の連鎖

問が一つわかりかけたかなと思ったら、その問に派生してまたすぐにわからない問がでてくる。

 

問を解明しようと本を読めば読むほど、学べば学ぶほどもっともっと問は増えてくる。

 

「なるほどなるほど。そのようなアプローチ方法だと確かに理屈は通っている。しかしそれならこっちのアプローチも通るんじゃないのか?」とか、

 

「うーん、この本の著者はこの考え方を提唱しているけど、俺はどうしてもこの考え方はおかしいと思う。しかしなぜおかしいと感じる?実際にどこかがおかしい?」などなど。

 

つまり、僕は学ぶってのは問を解明するという前提がありながら、その実、問を増やしていく作業、なんだと思いっています。

 

だから学ぶってのはつらく、時には怖くもなるものですよ。

 

なぜなら学べば学ぶほどわからなくなってくるんですから。

 

それを「面白い」と思えるか、「わからないなんて嫌だ!わかっていることだけでいい!」と思うかは人それぞれでしょうけど、僕は、

 

わからないけれどこれは大事ということをつかむこと、そしてそのわからないものにわからないままに正確に対処できるということ。いいかえると、性急に答えを出そうとするのではなくて、答えがまだでていないという無呼吸の状態にできるだけ長く持ちこたえるような知的耐性を身につけること(鷲田清一『哲学の使い方』より抜粋 最後にURL載せておきます)

 

この状態を目指したいので、どんどん学び続けていきたいですね。

 

今日一日もよろしくお願いします!

「歩く」って体にいい

こんにちは^^

tigubagu(https://mobile.twitter.com/tigubagu0123)です^^

ずっと探していた本があったんですよ。

その本がなかなか貴重で福岡県内のどこの図書館にもなかったんです。

しかし、が、しかあし!!

お隣の佐賀県佐賀県立図書館に1冊だけあったのです!!

時間もあったので佐賀まで行ったのですが、、、、、

 

まさかの休館日!!

 

いやまじかよ!

 

しかもその休館日が「毎月の最期の水曜日」って。。

なんでここで1/31を引いてしまうかね!?

自分の引き運の悪さを呪いますね。

 

いや違うな。

きちんと下調べしていかなかった自分が悪い。

はい、反省。。

 

 

さてさて、まあそんなこんなでね昨日は佐賀市内を歩いていたわけですが、そうまさにここ!

「歩く」って体にいい!!

f:id:dotama-kotoba:20190530011314p:image

 

本当に体にいい!!

 

心身ともに健康なりますね。

 

いやもちろんのこと医学的にも散歩は体にいいとはされていますが、僕自身が歩くことが好きなので散歩によるメリットは身にしみてわかります。

(19歳の時30キロ歩いたことあります。7時間くらいかかりました。足がなくなりました。)

 

歩いている最中って、余計なことを考えないんですよ。歩いていることに意識が向くし、景色がどんどん移り変わるんで意識の矛先を外に向けることができる。

 

しかも新しい発見屋アイデアがつぎつぎに浮かんでくる。

(そういうアイデアをすぐにメモしたいんですけどね。。。家に帰るとほとんどを忘れてしまうので。。。。)

 

ただ、とはいえ疲れてくると「俺はなんで歩いているんだろう」、「休みたいな」などの雑念が湧いてきます。

そうなると歩き方がぎこちなくなり、歩くことが辛くなってきます。

 

ですので適度に疲れて汗を掻くくらいがちょうどいいですね^^

 

これからどんどん暑くなってきますんで熱中症には注意をして散歩をしていきたいですね^^

(本当に熱中症は気をつけてくださいね!!

塩分、水分、体を冷やす!熱を逃がす!!頭痛や頭クラクラには注意!!)

 

今日1日もよろしくお願いします!

日々の感謝

こんにちは^^

tigubagu(https://twitter.com/tigubagu0123)です^^

福岡に帰ってきたのでしばらくはパソコンでブログ作成ができます!!

レイアウトにも手を加えることができるので幾分かは見やすくなるかと思います!

 今日のテーマ

さてさて今日のテーマは、、、

日々の感謝

 

f:id:dotama-kotoba:20190529013238j:plain

 

4年ほど前、まだ北陸地方に住んでいたころの話。

 

友達の家が近くにあり、僕もその友達もお互いに一人暮らしをしていた。

 

夜の10時ごろその友達から電話がかかってきた。

 

「頼む。なんでもいいから食べさせてくれ。ほんまに頼む!もう1日半何も食べてない」

 

僕は「わかった。何か作っておくから俺の家に来て」といいその5分後くらいに友達は家にやってきた。

 

僕はその友達のために大きいめんたい子が具で入っているおにぎりを作った。

 

一口食べるなり「うますぎる。こんなうまいおにぎり食ったことない・・・ ほんまほんまにありがとう」

 

友達の目を見ると少し目が潤んでいた。

 

そんなにうまいのか。

そこまで言ってくれるなら俺も本当に作った甲斐があった。

 

感謝されるっていいな。

 

本題

食べ物の力って改めてすごいなとその時に思いましたね。

 

がそれと同時に人から感謝されるってこんなにも嬉しいものなんだなと気づきました。

 

しかも感謝はされるものはもちろん、するほうも気持ちがいいものです。

 

僕も人間なんで本当につくづく自分が欲まみれな人間だなと思います。

 

なにか一つがうまくいったり、手に入ったりするとすぐに次次と求めてしまいます。

 

欲にはキリがありませんから求めれば求めるほどそれが満たされることはないので余計に苦しくなります。

 

 

「ありがとう」という言葉はもともと「有ることが難しい」、つまり「有り難い」から来てると言います。

 

毎日ご飯を食べられること、毎日新鮮な空気をすえること、毎日きれいな水を飲めること、そして今ここに自分が存在していること、どれ一つとっても「当たり前」のことではありません。どれも「有り難い」ことなのです。

 

僕も自分自身で心掛けているのですが、欲のスイッチが入り暴走しそうになったときは、

「落ち着け落ち着け。俺はもう十分持っているし、満たされている。これ以上求めてどうする?今ある環境にしっかりと感謝、「有り難い」現実にしっかりと感謝」

と言い聞かせています。

 

言霊、ではないですが実際ありがとうと言うと本当に心がきれいに浄化されていくような気がします。

 

これからも日々のほんの小さなことにも感謝して、毎日を過ごしていきたいものですね^^

 

今日一日もよろしくお願いします!!

 

 

 

 

 

属するコミュニティの大切さ

こんにちは^^

tigubagu(@tigubagu0123)です^^

昨日冷蔵庫の中に1週間放置してあったパックネギをラーメンにいれて晩御飯に食べたんですが、冷蔵庫の中とはいえやはり1週間は長すぎたんでしょうか、なかなかにすごい味がしましたね💦

まあでもラーメンがばりうまだったのでプラマイ0ですね^^

 

さてさて、そんな晩飯ラーメン明けの今日のテーマは、、、

属するコミュニティの大切さ

f:id:dotama-kotoba:20190526221441j:image

 

皆さんはいまいくつのコミュニティに属していますか?

 

家族、会社、学校、地域のサークル活動、ママ友の集い、、、などなど

 

さまざまなコミュニティがあると思います。

 

では、皆様はその今現在属しているコミュニティに「居場所」はありますか?

 

いま現在属しているコミュにティに居場所がなくてとても辛い思いをしている方に率直に言います。

 

今すぐそのコミュニティーから逃げてください。

 

なぜなら人は無理をして居たくもないコミュにティに自分を合わせていると、「自分が潰れてしまうから」です。

 

断言します。

いたくもない、今現在居場所もないコミュニティにいるより、

さっさとそんなところを抜けて、自分に合うコミュニティを見つけた方が間違いなく幸せになれます。

 

例えば現在ブラック企業に勤めていて心身ともにボロボロになっているのにそれでも会社に通っているような人。

 

すぐさま会社、ひいては働き方を変えるべきです。

 

しかしここで多くの人は、

・会社を変えるといったって転職がうまくいくとは限らない。

・仮に転職がうまくいったとしてもその先でうまくやっていけるかわからない。

 

これも断言します。

間違いなく今いる場所よりは幸せになれます。

 

今いる場所にいても状況は変わらず心身ともに疲労していくだけです。

 

それよりも新たな仕事、新たな職場を探せば自分がやりたいように働ける場所が見つかる可能性があるんです。

 

なら少しでもよくなる方にうごきましょうよ。

 

これはいじめや、様々な理由で学校に通いたくない子ども達にも言えます。

 

僕の自己紹介のブログでも書きましたが、

https://www.dotama-kotoba.com/entry/2019/05/06/203027

↑自己紹介ブログ)

 

僕は学校で教えられることに対して

なぜ、どうして、と授業に全く関係がないことばかりがきになっていました。

 

何度もあげていますがここでもあげるなら

・「数学は絶対に正しい」っていうけどその正しさはどこから来るの?人の感覚から?

・何で僕は字が読めるの?

 

などなど。

こんな僕にとって学校は居心地のいいものではありませんでした。

そして高校2年の時から学校に通わなくなったのですが、今思えばもっとはやく中学に入る前くらいにはもう行かなくてもよかったなと思ってます。

 

話を戻します。

 

自分に合うコミュニティーを見つけることは、人生において何より大切なことの1つです。

 

そのためには「自分がどのくらいのスパンで、そのコミュニティに適しているか否か」を知れるようになっておくのは必要かと思います。

 

よく会社は3年続けなきゃ適しているかどうかわからないなんて言いますけど、あんなの真っ赤な嘘ですからね。

 

嘘、というよりも人によると言いましょうか。

 

僕の場合は1週間もいればわかります。

僕は今まで生きてきて、ファースト・インプレッションが「ここ合わねえな」と思ったところはもうずっと合わないです。

 

続けてたらいつかわかるとか一度もありませんでした。

 

逆もしかりで、ここいいなと思ったところは大体ずっと居心地がいいんです。

 

てなわけで、自分がどれくらいのスパンで見聞きができるかを知ってください。

 

そのためにはとにかく経験が必要です。

 

トライアンドエラーでいろんなコミュニティーに飛び込んでみてください。

 

大丈夫。何度逃げたっていいんです。

 

逃げて逃げて逃げまくって最後の最後、最高に居場所に巡り合えたらそれでOKです。

 

皆様が自分の居場所となるようなコミュニティーに巡り合えますように。

 

今回は以上です。

ではまた次のブログでお会いしましょう!

 

発達障害は天才なのか!?

こんにちは^^

tigubagu(@tigubagu0123

https://mobile.twitter.com/tigubagu0123)です。

皆さんは夜眠る時ベッドで寝ていますか?

敷布団で寝ていますか?

僕は今現在は敷布団で寝ているのですが、敷布団ってお行きている時と睡眠時の区別がしっかりできるから結構好きなんですよね^^

起きるときは畳んで、寝るときは敷く。

まさに「するときはする。休むときは休む。」。。。。伝わるかな?

 

さてさてそんな敷布団で朝を迎えた今日のテーマは

発達障害は天才なのか!?

 

f:id:dotama-kotoba:20190524085616j:image

 

巷では「発達障害を抱えている人には天才が多い」などと言われていますがはたしてそれは本当なのでしょうか。

 

僕自身診断を受けてから、何人かの人にこの言葉を言われました。

 

しかし自分としては「天才」と言われて喜ぶよりも特性がゆえに周りとのコミュニケーションがうまくいかないことのほうが多かったのであまりうれしいものではありませんでした。

 

思うに僕は発達障害の人が天才とよばれる理由の一つに

定型の人から見て想像もつかないことを考えることが多い、

 

故に天才と呼ばれているのかなと思いました。

 

が、事実定型さんの中にも天才と呼ばれる人たちはそれこそごまんといます。

 

別に天才が多いのは特性がある人に限った話ではありません。

 

なので天才、といわれたときは素直に「人とは違うことを思考できる自分ってすげえな」くらいに思っておくのがいい塩梅かなと思っています。

 

ここで「人とは違うなんて嫌だ!普通になりたい!」と願っても、自分は自分にしかなれませんから。余計つらくなるのは目に見えています。

 

ただ僕も本当に天才になるのなら、社会を変えるくらいの天才になってみたいものですね^^

 

今日一日もよろしくお願いします!!