「言葉の意味」を追い求め

こんにちは。このブログは普段僕が感じているまたは感じた、ちょっと哲学的なことを徒然なるままに綴ったブログです。お時間のある方は是非読んでくださいな。

世界遺産の街 大牟田に行ってきました!

こんにちは^^

tigubagu (@tigubagu0123) | Twitter

です^^

夏に入っての悩み事!

俺、夏服がねえ!

 

いや、あることにはあるんです。

ただどれもスーパーで安く買ったTシャツがほとんどで、外で切れる夏服がないんですよねえ・・・

まあ人と会うときも気ごころ知れた人と会うことが多いんでそこまで気にはならないんですが、たまにの初対面で人と会うときなんかはやっぱりきちんとした服必要だなと感じますね。。

 

さてさて今日のテーマは、、、

世界遺産の街 大牟田に行ってきました!

 

皆さんは大牟田市を知っていますか?

 

福岡県大牟田市九州中部に位置し、西は有明海に面している。みやま市高田町(旧三池郡高田町)や熊本県荒尾市玉名郡南関町、同郡長洲町を含む独立した都市圏大牟田都市圏)を形成している。現在、福岡県の都市の中では5番目に人口が多い。

wikipedia より引用)

 

ここ大牟田市2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として世界文化遺産に選ばれました!!

 

先日の土日に僕はここ大牟田市を訪れました。

 

アクセスとしては西鉄福岡(天神)駅から西鉄天神大牟田線の特急に乗っておよそ1時間です。

(福岡県民ならわかると思うんですが大牟田線の特急電車っていつ乗っても混んでますよね・・・・

とくに大橋~二日市間がきつい。。。)

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大牟田駅の玄関口

 

夜に出発したので到着も夜でした。

 

駅を降りて思ったこと。。

 

うーん、普通の地方都市!!

くらいですね笑

 

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↑駅前の道路

特に何もありませんでした。

 

が!駅から降りてすぐにでかでかとここは世界遺産だ!!って感じの看板がありました笑

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さてでは実際ここ大牟田明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」

とはいったいどのような遺産なのでしょうか!?

 

ここで『くわしく学ぶ 世界遺産300』から引用してみましょう^^

 先生ご説明お願いします!!

くわしく学ぶ世界遺産300 世界遺産検定2級公式テキスト<第3版>

くわしく学ぶ世界遺産300 世界遺産検定2級公式テキスト<第3版>

 

 

 『明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業』は、江戸末期から明治期にかけて日本が重工業分野での近代化を約50年間という短期間で達成し、現在の国家の基礎を築いたことを証明する遺産群である。九州5県(福岡、佐賀、長崎、熊本、鹿児島(九州新幹線長崎ルートも含めると九州で新幹線が通っている県ですね^^))と山口、岩手、静岡の全国8県11市に点在する23の構成資産が世界文化遺産として登録された。

 

まさに工場の力のすごさを証明する遺産ですね!!

しかも23もの構成資産でできているとは!!

 

なんでもここ大牟田市では画像にもある通り、「三池炭鉱」が世界遺産として登録されています。

高島炭鉱長崎県)に次いで近代化を果たした三池炭鉱では、石炭輸出のための三池港とそれを結ぶ鉄道網も整備され、石炭産業における総合的な物流インフラが整った。

 

物流インフラを整わせたのか!?!?

 

めちゃくちゃすげえじゃん!三池炭鉱!!そして大牟田市!!

 

西鉄天神大牟田線とその名の存在感はすごかったから、ただものではないとい思ってはいたがさすがだぜ大牟田ああああ!!!!!

(僕は何をいっているんだ??)

 

が、僕自身大牟田駅を降りただけで、

 

実際に三池炭鉱にはいってないんですけどね笑

 

それもまた良き!

また今度行く楽しみにとっておくぜ!

 

今回は以上です!

また次回のブログでお会いしましょう!!

 

psお昼間の大牟田駅

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↑ここのファミリーマートでおにぎりを買いました^^

 

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↑こちら側が表口です。

 

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↑JRと西鉄のホームが一体になっています。

写真に写っているのはJRですね^^


 

徒然なる読書日記 part5 青山拓央『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』

こんにちは^^

tigubagu (@tigubagu0123) | Twitter

です^^

昨晩ツイキャスに来てくださった方々本当にありがとうございます

自分も、一緒にやった仲間もまだまだツイキャスには不慣れなもので段取りの悪さなどが目についたとは思いますが、これからもやっていきますのでその際はぜひおききください!

 

今日のテーマ

 

さてさて今日のテーマは、、、

徒然なる読書日記 part5

(前回のpart4はいかにリンクを貼っておきます。)

 

www.dotama-kotoba.com

 

part5を飾る本はこちら!

山拓央『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』

 

幸福はなぜ哲学の問題になるのか (homo viator)

幸福はなぜ哲学の問題になるのか (homo viator)

 

 

この本は一言でいうと、とにかく「「幸福」について考え抜かれて」います(それはタイトルからわかるよ!!ってか笑)

 

幸福とは何か、どのようにしたら幸福になれるのか、そしてなぜ幸福になるべきなのか。

 

1番と2番の問いは僕もよく考えることがあるんですが、3つめの「なぜ幸福になるべきか」は少し形が違う問いのような気がします。

 

なぜなら僕たち人間にとって、「幸福になることはいわば当然のこと」だと思われているからです。

 

さあ、この問いに著者の青山さんはどのように回答するのでしょうか!?

 

 

はい、その答えは皆様各自でお確かめください笑

 

今回のブログではですね、いつものように僕tigubaguがとても惹かれた1節を引用して僕の考えとともに述べたいと思います。

 

 

たった一つだけ、小さな子どもに人生訓を伝えられるとしたら、何を選ぶでしょうか。個人的な趣味ですが、私は「一つずつ」やることを伝えます。遊びであれ、用事であれ、今やっていることを一つずつやることは、実はものすごく難しいことで、それさえできれば多くの問題が自然に解消するくらいです。いらいらや、不注意や、落ち着きのなさや、ひとに八つ当たりをする癖などが。

 

小さな子供が集まって個別に遊んでいる場面を見てみると、遊びでさえ、いま自分がやっていることに集中できない子どもがいることがわかります。ほかの子どもがやっていることが気になり、ひとのおもちゃを取ろうとしたりするのです。歳をとるとともに単純なおもちゃの取り合いなどは減りますが、今度はもっと微妙な仕方で、ひとのやっていることに介入してきます。ひとの遊びを、「手伝ってあげたり」、遊び方の間違いを「教えてあげたり」して、そこからケンカが始まるのです。

 

僕は特性の影響もあるのですが、とにかく一つのことに集中して、することがとても苦手です。

何か一つのことをやっていてもすぐに「あれはやらなくても大丈夫かな」、「うう、、不安な気持ちが押し寄せてくる」とか、「あ~Twitterの更新きになるなあ」「お腹減ったなあ。ごはん食べようかな」などなどほんとに関係のないことばかりを考えてしまいます。

 

考えだけならまだしも、実際にTwitterが気になるからといいスマホを見てしまったり、お腹減ったってことでご飯を食べにいったりして、いまやっていることが中断されることもしょっちゅうです。

 

よせばいいのにTwitterなんか見てしまうからほかのこともどんどん気になって、さらに今やっていることに手が回らなくなっていく。。。

 

Twitterをみて嫉妬するのをやめたい!じゃなくて、もう最初からTwitterを見ない。

今目の前にあることに集中する。

 

しかし集中するとはいっても、これが本当に難しい。

集中するためのいい方法を著者の青山さんは以下のように述べています。

 

1日、1時間、1分のような、時間のまとまりがあることは幸いです。これらを箱のように使って、「いまはこの箱のなかのことだけをする」といった具合に、意識の範囲を狭められるからです。一つずつ物事をすることは、後悔や不安などを見て見ぬふりすることではありません。もし、何らかの負の感情を直視しておく必要を感じたら、きちんとそのための時間の箱を作って、その中で作業をすればいいのです。

 

要は「時間をきめて、時間内は一つのことだけをする」ってことですね。

 

で、その時間内に作業をしているときに、いろいろ不安な思いがでてきたら「それに関しては別の時間で考える、対処する」という風に無視するのではなく、不安には不安のための時間を用意しておくということですね。

 

こうした分別作業を終えて現在の箱に何かが入っていたら、それを一つずつ、たんたんとやります。しかし実際に分別をしてみると、現在の箱が思った以上に空になるのに驚くかもしれません。例えば、なんとなく不安だったことがらが、昨日終わったことと明日やることにすべて分別され、とりあえず今日はその不安から離れられることができるかもしれません。

 

これは後で考える。これは今だな。という風にきっちりと思考の分別をすると、今現在やるべきこと(考えるべきこと)がはっきりとわかります。

 

もちろん、きちんと分別をした後でも、過去や未来の箱に入れたものが頭に浮かんでくることはあります。そうしたときは無理に消そうとせず、無害なオバケとして放っておき、別のことをするのが良いようです。

 

ここはノートになんども書き写したくらい大切だと思っている箇所です。

 

どんなに今やるべきことがわかったって気持ちですから、不安や恐れ、ほかのことしたいな、なんて思いがでてくることはしょっちゅうです。

 

そんなときは、その不安や、欲望に意識をフォーカスさせない。無視してしまう。

これが一番です。

 

不安も気にし始めたらどんどん大きくなりますからね。

 

そして何より、目の前のことに集中する。自分が今やっていることだけをやることはなにより「幸福」になるための最善の方法なのです。

 

もし、すべての大人たちが今やっていることを一つずつやったなら、もめごとはずっと減るでしょうし、各人の充足感は増すでしょう。というのも、目の前の作業に専念できれば、過去への後悔や未来への不安、他人との比較や他人への怒り等から心が離れ、良い意味での狭い意識のもとで、一つの作業を味わえるからです。

 

さて、僕もブログを書くときは、「今はブログを書く時間!」と決めてきちっとやってます!(た、たぶん!💦)

 

 

今回は以上です!

では、また次のブログでお会いしましょう!

 

 

 

アジア旅 旅記事 part1

こんにちは^^

tigubagu(https://twitter.com/tigubagu0123)です^^

昨日の晩御飯にスーパーで買ってきたモツを食べたんですよ。

安かったのもあったのかとにかく油が多くてずっとお腹が気持ち悪かったです・・・・うう。。。。

 

 

 

さてさて今回のテーマは、、

アジア旅 旅記事 part1

 

僕tigubagu、昨年の2018年の10月のまるまる1か月アジア(フィリピン、タイ、マレーシア)を一人でバックパッカーをしていました。

 

本当のに今更ではあるんですが、このバックパッカーしてたときの旅記事をブログにしたいと思います。

 

幸いというか、僕旅中にスマホで日記をつけていたのでそれを見ながらも書いていきたいと思います!

 

 

旅のはじめ僕は(2018年時は北陸地方に住んでいた。)、最初の目的地であるタイはバンコクスワンナプーム国際空港へいくために出発空港である名古屋の中部国際空港にいた。

行き方としては中部国際空港→フィリピンはニノイ・アキノ空港で中継→バンコクスワンナプーム国際空港

という流れ。

 

これから始まる旅にとにかくわくわくしていて、がそれと同時に不安や恐怖もわくわくと同じくらいあった。

 

と、わくわくと緊張に心が支配されているその時、、、

早速いきなりアクシンデントに見舞われた。

21時20分発のマニラ行きを待っていると、

〜アナウンス〜
「ゼブパシフィック航空○○便にご搭乗予定のtigubagu様、tigubagu様。確認したいことがございますので15番ゲート窓口までお越しください。」

アナウンスで名前呼ばれるという経験なんてほとんどなかったのでまさか自分だったことに驚いた。

まあ、わざわざ呼ばれるということはいいこと、ではないのは確かそうだ。

 

以下係員とのやりとり

「あ、tigubaguです。」

「tigubagu様、ご確認したいことがございまして、tigubagu様はタイへのご入国は明日の10/8で、福岡へご帰国されるのが11月の7日で、よろしいですね?」(帰りは福岡に寄って帰る予定だった)

「はい。」

「あの、この場合ですとタイの滞在期間が31日となりまして、タイに30日以上滞在する場合はビザが必要となるんです。」

「はい、それは存じ上げてます。ただタイにずっといるわけではなく、タイ入国後から3日後くらいにはミャンマーかマレーシアに向かいます。」

「あ、そうなんですね。ちょっと確認いたします」

(しばしの間)

「tigubagu様、そのミャンマーかマレーシアに行くときの航空券または乗船券はお持ちですか。」

「いえ」

「どのように行かれるつもりですか?」

「陸路で電車かバスで行こうと思ってます。その場で予約するつもりです」

「あぁ・・・。その場合ですと、タイから別国へと行くための航空券か乗船券が必要になってくるんです。で、お持ちでない場合はタイの出国が11月7日の便になるためビザが必要になります」

「・・・」

 

このときの俺はまぁ焦った。いやいやいやいや。この旅早速オジャンになるのかと思った。

 

恐る恐る聞いてみた

「ビザないんですが、、、どうすればいいですか?」

「2つ方法がありまして、まずは福岡への帰国日をずらして30日以内にする。もう一つは、タイへの入国を1日ずらして30日以内にする。今回の場合ですと、マニラで一泊することになります。」

「ああ、、、てことはマニラからバンコク行きの便を新たに取る必要があるのと、今あるマニラからバンコク行きの便のお金は無駄になるってことですよね?」

「申し訳ございませんが、そうなります」

 

 

と、と、と、ということで!

まさかの急遽マニラで一泊することになりました。

まぁ実際にはマニラに着くのは夜中なんで2泊とみてもいいですが。

まさかのマニラ。いや、マニラは全く予想外。寄る予定すらなかった。

もうこうなりゃ楽しむしかない。でもその前に、、、ホテルを探さねば。


アクシデント、これこそが旅のつきもの。

これすら楽しんで行こうぜ。


とりあえずマニラです!

ホテルさがそー

 

さあ、いきなりマニラで一泊することになったtigubagu!!どうなる!?

 

PS.

マニラの空からの夜景と、ニノイ・アキノ空港の写真です。

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↑飛行機からのフィリピンの夜景です。

さすがに日本以上の島国だけあって、小さな島々に分かれている国ですね。

上空からでもよくわかります。

 

 

 

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↑到着ゲート。人だれもいねええええ!!

 

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↑ここをでるともう中へは戻れません。

フィリピンはアジアの中でも英語が段違いに通じやすいので、僕の片言の英語でも、、、、通じ、、多と思います!!

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↑フィリピン到着後すぐに食べたバーガーキングです。

味は日本とそんなに違いはありませんでした。

 

生きるしかねえんだ。 死にたいと生きたい

こんにちは^^

tigubagu(https://twitter.com/tigubagu0123)です。

6月になりましたね^^

6月は梅雨と、暑さでやられるのは目に見えているので「ひきこもるが勝ち」ですね笑

 

さてさて今日のテーマは、、

生きるしかねえんだ。

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思い返せば不思議なものだ。

 

別に頼んだわけでもないのに気が付けばこの地球上に生を受けている。

 

頼んでもいないのに、だ。

 

で、またこの生、生きるってのはかなりやっかいで一筋縄ではいかない。

 

ことあるごとに難所が設置されてあって、デフォルト設定でそうなってんのかは知らないけれどその難所にぶち当たるように設定されてある。

この難所を超えるのがまあ大変なわけだ。

生きる力、まあ生命力と言ってもいいけれど、この難所ってやつは俺たちの生命力を鬼のように奪い去っていく。

しかもしかも順番がむちゃくちゃなんだ。

物語開始、ゲームスタート時点でいきなりラスボスレベルのやつがバンバンでてきてまじで嫌になってくる。

 

でさ、じゃあもう生きるのやめまーす。と簡単に「生きる」ステージから離脱することもできないんだ。

なぜなら俺たち人間には遺伝子なんかをはるかに超えるもう生命のレベルで「生きたいって思い」が組み込まれているからだ。

 

どんなに生きることがつらくとも、目の前が真っ暗でも、それでも人は生きていたいんだ。生きたいという思いは消せないんだ。

 

でも、中にはもうまじのレベルでこの生きたいを消しにかかってくる難所もある。

そうなると頭の中が生きていたくない、つまり「死にたい」に占拠される。

でもでもでも、だ。どれだけ頭の中では死にたい、となっていても生命はどんなときでも生きたい、いや生きる!と設定されている。

 

そしてここからさきは完全に俺の持論だけどさ、人生は生きていったほうがいいんじゃないかと思う。

理由は、俺がそう思うから、そう思うっていう理由。

 

俺も何度も死にたいと思ったし、今も思う。死のうと実際に試したこともある。

 

でも、やっぱり俺は今生きててよかったって思える。

つらいこともいっぱいあるし、死にたいって思いももちろん健在だけど、それでも

「これからも生きていくし、生きててよかった」って思える。

 

全然まとまりのない話を、ただ俺が書きたいという理由だけで書いたんだけど、

まとめると、今の俺は

 

生きていくしかない。

今日も明日も、そしてこれからも。

 

皆様これからもどうぞよろしくお願いします。

 

「学ぶ」ことは「問いが増えること」

こんにちは^^

tigubagu(https://twitter.com/tigubagu0123)です^^

ここ最近は待っているラーメンにとって代わる料理で、

「豚野菜炒めどんぶり」なるものがあります。

作り方はいたって簡単で、

①豚肉の細切れといろいろ野菜が入っているパック(100円くらいで売っている)を買ってくる。

②豚肉と野菜を中火で痛めて、鶏がらスープのもとをかける

③十分炒めたら、これらをご飯の上にかけて完成!

 

これがまああああじでうまい!

作るのも簡単!野菜も取れる!かなりおなか一杯になる!

いいこと尽くし、コスパ最高なんで、皆さんもよければぜひ一度お試しあれ^^

 今日のテーマ

さてさて今日のテーマは、、

「学ぶ」ことは「問が増えること」

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 自分でドストレートに言いますが、僕はかなりの数本を読みます。

 

そして本を読むたびにいかに自分が「何もわかっていないか、何も知らないか」を思い知らされます。

 

 

大前提として僕は本を読む前に「自分の中に探究したい問」が存在します。

 

まずは自分の頭でああでもない、こうでもないと考える。

 

その際には実際にペンをもち、ノートにぐちゃぐちゃと書きつける。

 

しかし所詮一般人の僕の頭で考え付くことなんてたかだか知れているので、先人のお偉いさんはどう考えていたのかと、文献つまり本にあたる

 

そのさい、哲学書を読んだことのある人なら誰しも経験あるとは思うのですが、とにかく書いてあることがまったくわからない。

 

それでその本をわかるために、別の本に当たる。

するとまた、わからないことが増えてくる。

 

本を読めば本を読むほどわからないことが増えてくるんです。

疑問の連鎖

問が一つわかりかけたかなと思ったら、その問に派生してまたすぐにわからない問がでてくる。

 

問を解明しようと本を読めば読むほど、学べば学ぶほどもっともっと問は増えてくる。

 

「なるほどなるほど。そのようなアプローチ方法だと確かに理屈は通っている。しかしそれならこっちのアプローチも通るんじゃないのか?」とか、

 

「うーん、この本の著者はこの考え方を提唱しているけど、俺はどうしてもこの考え方はおかしいと思う。しかしなぜおかしいと感じる?実際にどこかがおかしい?」などなど。

 

つまり、僕は学ぶってのは問を解明するという前提がありながら、その実、問を増やしていく作業、なんだと思いっています。

 

だから学ぶってのはつらく、時には怖くもなるものですよ。

 

なぜなら学べば学ぶほどわからなくなってくるんですから。

 

それを「面白い」と思えるか、「わからないなんて嫌だ!わかっていることだけでいい!」と思うかは人それぞれでしょうけど、僕は、

 

わからないけれどこれは大事ということをつかむこと、そしてそのわからないものにわからないままに正確に対処できるということ。いいかえると、性急に答えを出そうとするのではなくて、答えがまだでていないという無呼吸の状態にできるだけ長く持ちこたえるような知的耐性を身につけること(鷲田清一『哲学の使い方』より抜粋 最後にURL載せておきます)

 

この状態を目指したいので、どんどん学び続けていきたいですね。

 

今日一日もよろしくお願いします!

「歩く」って体にいい

こんにちは^^

tigubagu(https://mobile.twitter.com/tigubagu0123)です^^

ずっと探していた本があったんですよ。

その本がなかなか貴重で福岡県内のどこの図書館にもなかったんです。

しかし、が、しかあし!!

お隣の佐賀県佐賀県立図書館に1冊だけあったのです!!

時間もあったので佐賀まで行ったのですが、、、、、

 

まさかの休館日!!

 

いやまじかよ!

 

しかもその休館日が「毎月の最期の水曜日」って。。

なんでここで1/31を引いてしまうかね!?

自分の引き運の悪さを呪いますね。

 

いや違うな。

きちんと下調べしていかなかった自分が悪い。

はい、反省。。

 

 

さてさて、まあそんなこんなでね昨日は佐賀市内を歩いていたわけですが、そうまさにここ!

「歩く」って体にいい!!

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本当に体にいい!!

 

心身ともに健康なりますね。

 

いやもちろんのこと医学的にも散歩は体にいいとはされていますが、僕自身が歩くことが好きなので散歩によるメリットは身にしみてわかります。

(19歳の時30キロ歩いたことあります。7時間くらいかかりました。足がなくなりました。)

 

歩いている最中って、余計なことを考えないんですよ。歩いていることに意識が向くし、景色がどんどん移り変わるんで意識の矛先を外に向けることができる。

 

しかも新しい発見屋アイデアがつぎつぎに浮かんでくる。

(そういうアイデアをすぐにメモしたいんですけどね。。。家に帰るとほとんどを忘れてしまうので。。。。)

 

ただ、とはいえ疲れてくると「俺はなんで歩いているんだろう」、「休みたいな」などの雑念が湧いてきます。

そうなると歩き方がぎこちなくなり、歩くことが辛くなってきます。

 

ですので適度に疲れて汗を掻くくらいがちょうどいいですね^^

 

これからどんどん暑くなってきますんで熱中症には注意をして散歩をしていきたいですね^^

(本当に熱中症は気をつけてくださいね!!

塩分、水分、体を冷やす!熱を逃がす!!頭痛や頭クラクラには注意!!)

 

今日1日もよろしくお願いします!

日々の感謝

こんにちは^^

tigubagu(https://twitter.com/tigubagu0123)です^^

福岡に帰ってきたのでしばらくはパソコンでブログ作成ができます!!

レイアウトにも手を加えることができるので幾分かは見やすくなるかと思います!

 今日のテーマ

さてさて今日のテーマは、、、

日々の感謝

 

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4年ほど前、まだ北陸地方に住んでいたころの話。

 

友達の家が近くにあり、僕もその友達もお互いに一人暮らしをしていた。

 

夜の10時ごろその友達から電話がかかってきた。

 

「頼む。なんでもいいから食べさせてくれ。ほんまに頼む!もう1日半何も食べてない」

 

僕は「わかった。何か作っておくから俺の家に来て」といいその5分後くらいに友達は家にやってきた。

 

僕はその友達のために大きいめんたい子が具で入っているおにぎりを作った。

 

一口食べるなり「うますぎる。こんなうまいおにぎり食ったことない・・・ ほんまほんまにありがとう」

 

友達の目を見ると少し目が潤んでいた。

 

そんなにうまいのか。

そこまで言ってくれるなら俺も本当に作った甲斐があった。

 

感謝されるっていいな。

 

本題

食べ物の力って改めてすごいなとその時に思いましたね。

 

がそれと同時に人から感謝されるってこんなにも嬉しいものなんだなと気づきました。

 

しかも感謝はされるものはもちろん、するほうも気持ちがいいものです。

 

僕も人間なんで本当につくづく自分が欲まみれな人間だなと思います。

 

なにか一つがうまくいったり、手に入ったりするとすぐに次次と求めてしまいます。

 

欲にはキリがありませんから求めれば求めるほどそれが満たされることはないので余計に苦しくなります。

 

 

「ありがとう」という言葉はもともと「有ることが難しい」、つまり「有り難い」から来てると言います。

 

毎日ご飯を食べられること、毎日新鮮な空気をすえること、毎日きれいな水を飲めること、そして今ここに自分が存在していること、どれ一つとっても「当たり前」のことではありません。どれも「有り難い」ことなのです。

 

僕も自分自身で心掛けているのですが、欲のスイッチが入り暴走しそうになったときは、

「落ち着け落ち着け。俺はもう十分持っているし、満たされている。これ以上求めてどうする?今ある環境にしっかりと感謝、「有り難い」現実にしっかりと感謝」

と言い聞かせています。

 

言霊、ではないですが実際ありがとうと言うと本当に心がきれいに浄化されていくような気がします。

 

これからも日々のほんの小さなことにも感謝して、毎日を過ごしていきたいものですね^^

 

今日一日もよろしくお願いします!!