「言葉の意味」を追い求め

こんにちは。tigubaguこと桂木大輝のブログへようこそ。発達障害当事者、ひきこもり経験者の僕が日々感じたことを徒然なるままにつづっていきます。読んでくだされば幸いです。

「地元愛」について思うこと

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

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 地元愛=すばらしい?

皆さんは地元愛がありますか?

僕は現在福岡県に住んでいますが、生まれたのは奈良県です。

そのあと日本を転々と移動して現在福岡県に至ります。

福岡はすごくいいところなのでこのまま死ぬまで住み続けようと考えています。

 

話を戻して、皆様は自分の生まれたところに対する地元愛はありますか?

僕はほっとんどありません。

まあいい思い出がほとんどないということもありますけど、普通に利便性、住みよさ、娯楽の充実度を見ても福岡はずば抜けてるので福岡に対する愛情はたくさんありますが地元に対してはないです。

(この場合の「地元」というのは幼少期や青年期を過ごしたところで特に思い出がいい意味でも、悪い意味でも残っているところ、くらいにとらえていただければなと思います。)

 

なぜ今回このような地元愛についての記事を書こうと思ったかというと、僕の感じるところ日本社会はどうもすごく「地元愛があることがいいことで、地元愛がないことはよくないこと」と押し付けている感を僕が感じてならないからです。

 

もちろん地元愛があって、地元が大好きで、地元から一生離れたくない!!という人はそれはそれで結構です。

どうぞ地元で一生を過ごしてください。

しかし世の中ないは、地元に何一ついい思い出がない人もいれば、地元なんかよりも今住んでいる場所の方がいいという人もごまんといるはずです。

「地元愛はすばらしい!!」を押し付けすぎると「じゃあ地元愛がない人はダメなのかな?」と僕は思ってしまいます。

 

僕個人の考えとしてはものすごくオーソドックスな答えですが、

「地元愛なんかあってもなくてもかなわない。しかし地元愛の押し付けだけはやめてくれ」ということです。

例えば、「どこどこってすごい良かったよ!!」と話すと「でも結局は地元が一番だよね~」となりそれがまさに真実かのようにふるまうのを僕はやめてほしいなと感じているということです。

まあ、完全に僕個人の思いなんで「なんできさんの言うこつば聞かないかんとや!?」と言われたらどうしようもないんですけど。

「地元愛が強い」=「地元しか知らない」に僕はなりたくなかった

「地元が一番!!」という言葉を聞くと僕はいつも違和感を覚えます。

その一番というのはどういった意味での一番なんだろうかと。

 

もし地元が一番!というからには、少なくとも地元以外の街に長期間住んだことがあるということ?

地元が一番ってのは都市的な意味(インフラの整い具合や便利えあるということなど)や、都市ごとの社会保障がしっかりしているという意味での一番?

家族や友達、知り合いがいるから安心するという意味での一番?(たぶんこれが一番近いのかな?)

 

などいろいろと考えてしまいます。

 

一ついいたいのは僕は地元しか知らないのに地元が一番!というのは言えないだろうと思うんです。

一番!っていう表現自体が他と比べて一番!ってことです。

ということは少なくともほかの都市にある一定の期間住まないといけないことになります。

そのうえで1番!というならまだわかるんですが、地元から出たことがないのに地元が一番!というのは、地元が一番!なんじゃなくて地元しか知らないって子なんじゃないのかなと思います。

 

最近では若い人の多くも都会に出るより、住み慣れた地元に残り続ける傾向がどんどん増えているみたいです。

別にこのこと自体はいいも悪いもないですが、僕は本当に自分にとって「いい街」というのは実際に住んでみないとわからないと思うんですよね。

なんで私情をまた挟むのなら、若いときに少しでもいいから地元から(できれば遠く離れた文化も何もかも違う街)離れた街に住むことはとても貴重な経験になると思うんですよね。

 

僕自身が地元愛について悩んできたのでかなり私情が多くなってしまいましたが、またいつか地元愛については書きたいと思います^^

今日のブログは以上です^^

今日も皆様の一日が良き日となりますように^^

ではまた!^^