「言葉の意味」を追い求め

こんにちは。tigubaguこと桂木大輝のブログへようこそ。発達障害当事者、ひきこもり経験者の僕が日々感じたことを徒然なるままにつづっていきます。読んでくだされば幸いです。

「役に立つこと」を行動指針とする

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

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 人生において1つの指針がないと思考がブレまくる

みなさんは生きていて「この考えに沿って日々生きている」といったものはありますか?

僕はなかなかそういった指針を持てなくて暴走していました。

指針がないと思考が暴れだしてしまうんですよね。

いろんなことを無駄に考え込んでしまって落ち込んだり、

ちょっとしたことでも大変なことが起きた!ととらえてパニックになってしまったり、

よく言えば好奇心に任せて生きている、悪く言えば指針がないゆえに迷い倒している、感じです。

 

ここ最近ようやく自分の中で一つこれだ!と思う指針を見つけました。

それは「自分にとって役に立つかどうかで判断すること」です。

 

この考えに至った僕の経歴を書きます。

僕はずっと哲学などの抽象的なことをあれやこれや考える学問に惹かれていました。

しかし巷でもよく言われるように「哲学は役に立たない」と言われます。

実際僕にとってはそうでした。

いやいやそれは君の力量がたりないからだ、とか

本気で役立てようと思えば役立てることも可能だよ、とかいう人も中にはいるんでしょうけれど、とにもかくにも僕には役に立ちませんでした。

というか、そういった哲学の本を読んでも難しすぎてわけわからんわけです。

なんで役に立つもなにも、そもそも書いてあることがわからずいたずらに時間を無駄にしていました。

思えば僕が哲学に求めていたのは「誰にもわかってもらえないこの思い、考えを哲学することで救われる」って感じのものでした。

承認欲求に一つですね。

 

しかしいくら読んでも、いくら哲学的なことを考えても、

一向に人とコミュニケーションをすることはうまくならないし、

人は怖いままだし、

お金は稼げないし、

腰は痛くなるし、

周りの人はどんどん自立していく中自分は何してんだろうの気持ちが強くなるばかりだし、

自分にとってほとんどいいことはありませんでした。

 

そんなときなんでもかんでも難しいこと考えるんじゃなく、役に立つことだけを考えて、もうわからないものは捨てていこう、と思ったらグッと気分が楽になったんです。

「役に立たない考えにも価値がある!」、「わからないことを考え続けることにも意味がある」などといったことに縛られ過ぎていたんですね。

もっとシンプルに、自分にとって役たつかどうかで、わからんものはわからん、でよかったんです。

 

そして実際暫定的とはいえ一つ「役に立つものを選択する」という指針ができれば、それを軸に人生の出来事に対して対処を行うことができます。

例えばわからないことがあっても、「わからんでも俺の人生には関係ないけんそのままでいいや」とか、「わからんかったところで別に困らんけんな~」というふうにうまくかわすことができます。

何をもって役に立つとするか

では実際何をもって僕は役に立つかどうかを決めているのか?

それは、

「今の自分が楽に生きれるかどうか」

という視点で判断しています。

楽に生きることがやっぱり一番です。

肩の力を抜き、気楽に日々を日永に過ごす。

いいですね。

 

そしてもう一つは

「今の自分がワクワクし、楽しめるかどうか」

こちらの視点も役に立つかの判定をする際には大切です。

人生は挑戦しないと本当にとても退屈なものになってしまいます。

適度にワクワクし、緊張することが人生に充実感をもたらします。

 

楽であり、かつワクワクして楽しい人生、そんな人生を僕は目指しています。

ですのでこれらの考えにそった出来事や、考えは役に立つとみなして自分のなかに取り入れようと思います。

逆にそれ以外のことは考えず、触れないようにするのがベターですね。

 

 

今日のブログは以上です^^

今日も皆様の一日が良き日となりますように^^

ではまた!^^