「言葉の意味」を追い求め

こんにちは。tigubaguこと桂木大輝のブログへようこそ。発達障害当事者、ひきこもり経験者の僕が日々感じたことを徒然なるままにつづっていきます。読んでくだされば幸いです。

わからないものを抱えて生きていく力『ネガティブ・ケイパビリティ』

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

ja.wikipedia.org

ネガティブ・ケイパビリティとは、

詩人ジョン・キーツが 不確実なものや未解決のものを受容する能力を記述した言葉。日本語訳は定まっておらず、「消極的能力」「消極的受容力」「否定的能力」など数多くの訳語が存在する。

wikipediaより引用)

 

再三再四このブログでは書いているけれど生きているとわからないことばかりにぶち当たる。

身近な人が何を考えているかわからない、自分の人生このさきどうなるかわからない、といったことから、この宇宙の果てはどうなっているのか、人類はどう生きるのが正しいのか、までたくさんのわからないにあふれている。

 

そのほとんどが「考えてもわからないもの」ばかりなんだ。

だからそんなときこそ、ネガティブ・ケイパビリティ

そのわからないことを抱えて生きていく。

 

こう書くと大業に聞こえるかもしれないけれど、僕なりの言葉で書くと「わからないものはわからないままにして生きていく」ってこと。

なんだそんなことなら簡単だ、と思うかもしれない。

しかしこれが結構、いやかなり難しい。

なぜなら人は「わからない=不快」に感じるようにできている。

皆さんも経験あると思うけれど、何か一つわからずにモヤモヤしているとずっとそれに頭の中が支配される、そんな経験。

だからこそ「わからない」をいい意味で気にせず受容して生きていくってのはそれなりに努力をしなければいけない。

 

僕がネガティブ・ケイパビリティを身に着けるために、この考え方いいなと思ったのは「わからないことがあっても生きていける」という考え方。

わからないことがあって、モヤモヤはするけれど、それで体が爆発したりして今この瞬間に死ぬわけじゃない。頭の中がモヤモヤしているだけで充分生きていくことはできる。

この考え方をするようになってから、(もちろん完璧にというわけじゃないけれど)思考の呪縛からは離れることができるようになった。

 

今年はコロナの1年になった。

2020年がこんな年になるとはだれが予想しただろうか。

これからさきも言葉通り何が起きるか誰にもわからない。

そんな時代だからこそわからないものを受容して生きていく力=ネガティブ・ケイパビリティはこれからの時代を生きていく人々にとってより必要な力になると僕は思っている。

 

今日もよろしく。