「言葉の意味」を追い求め

こんにちは。tigubaguこと桂木大輝のブログへようこそ。発達障害当事者、ひきこもり経験者の僕が日々感じたことを徒然なるままにつづっていきます。読んでくだされば幸いです。

友情とは、社会的価値のないところに価値を見出す行為

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

社会人になるとほんと友達ができなくなる。

人によるかもしれないけれど社会人になって一番つくるのが難しい人間関係というのは「友達」なんじゃなかろうか。

特に同世代で同性同士友達というのは。

 

あんまり男、女いうのもあれだけれども、

特に男性は社会に出ると同世代同性を「ライバル」として見なしてしまう傾向がある。

俺はあいつよりもいい役職についている、

もう俺には家庭があって安定している、

あいつよりも早く出世した

などの感情が沸き起こりなかなか友情にまで発展しにくい。

 

それにそもそもの話だけれど社会人になってこういった同性の友人の対象となる人たちとそもそも知り合うのが難しい。

そして知り合ったとしても基本は敬語で話すからなかなか打ち解けられない。

 

さらに日本は年功序列の国だから、「別に年上でも友達として接せられるし~」というのがなかなか起こりにくい。

ニュージーランドに1か月だけ留学していた時に現地で知り合った人が「80歳の友人がいる」って言っててすごく羨ましかった。

欧米文化は年功序列が日本ほどきつくないから年齢が上でも友達として接することができるのはいいな。

そもそも欧米の言語には敬語に当たる表現がほとんど存在しないのもかなり影響していると思う。

敬語を使っている限りは友達にはなれないと僕は思う。

 

で、タイトルに書いてることなんだけれど、たまに大学時代の友人なんかと話すとすごく僕のことを良く言ってくれたり、がんばってるなとほめてくれる。

実際は毎日就労支援に通い、飯食って寝てるだけで、社会的価値は無に等しいし、当然だけれど僕よりもがんばっている人はたくさんいる。

それでもその友人は僕に「何かしらの価値」を見出してくれている。

一緒にいて楽しいだったり、くだらないことを話せる中、だったり。

逆に僕もその友達に「価値」を見出している。話してて楽しいしな。

「価値」と書くと「価値がない人間もいるのか!」と聞こえてきそうだけれどそういうことではないよ。

 

自分がいま何の仕事しているとか、

年収いくらとか、

役職はどうだとか、

家庭があるとか、ないとか、

そんなことに関係なく「一緒にいて楽しい」で完結する友情というのはいいもんだな。

 

今日もよろしく。

 

ほんと社会人になって友達を作るのはつくづく至難なことだなと感じる。