「言葉の意味」を追い求め

こんにちは。tigubaguこと桂木大輝のブログへようこそ。発達障害当事者、ひきこもり経験者の僕が日々感じたことを徒然なるままにつづっていきます。読んでくだされば幸いです。

失敗する権利

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

僕たち一般の人間には「失敗する権利」があると思う。

老若男女、大人子ども問わず誰にでも。

しかし、最近はとにかく事前準備を入念にして失敗させないようにさせないようにしている。

もちろんその物事の成功を一番に考えて、失敗するかしないかだけで見たらそりゃ失敗しないほうがいいんだろうけれど、一番の学びっていうのは自分で実際にやってみて失敗して経験してそこから得ていくものなんじゃないだろうか。

 

今はメソッドの時代だから、何をするにしても「正しい方法は?」「一番効率のいい方法は?」とやる前にメソッドを求めてしまう。

しかし自分がどういったやり方が合っているのかはたくさん失敗して、自分の身を持って知っていくしかないんじゃないのかなと思う。

 

「そんなことやっている時間はない!」

そうとにかく現代は”時間がない”んだ。

自分に合ったやり方を模索する時間も、失敗して経験を積む時間もない。

最短ルートを(世間的に、一般的に)最良のやり方で行うことが最もよしとされる。

なんなら時間がかかることはそれだけで軒並み「間違ったやり方」とされてしまう。

 

知識を身に着けること、新しいスキルを身に着けること、なんでもそうだけれどこういう類のことはどれも時間がかかることばかりだ。

だからこそ「3か月で身につく!」とか「時間がないというそこのあなた必見!」という宣伝文句が人の注意をひきやすい。

だけどもう一度書くけれど、本来知識やスキルを身に着けることには時間がかかる。それもものによっては莫大な時間がかかる。

 

「時間がかかること」が当たり前、と思っていたほうが僕はいろいろと都合がいいんじゃないかなと思う。

人より習得が遅くても、もともと時間がかかることなんだから焦る必要はない。

まだできない、まだできない、と焦るくらいではできないのがスキルの習得。知識の獲得。

自分のやり方が失敗だとわかっても、もともと時間がかかること、次に進むだけ。

 

この忙しい時代だからこそ忘れ去られている「時間をかける」、「時間をゆっくりとかける」ことの大切さを再認識して、失敗も経験のうちと捉えられるようになれば、学びも楽しくなるし、心の余裕も出てくると思うんだけれどな。

 

今日もよろしく。