「言葉の意味」を追い求め

こんにちは。tigubaguこと桂木大輝のブログへようこそ。発達障害当事者、ひきこもり経験者の僕が日々感じたことを徒然なるままにつづっていきます。読んでくだされば幸いです。

人は割と簡単にトラウマを抱える

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguこと桂木大輝です。

 

小学校か中学校のときに先生にあてられて立たされて(なんなら教室の前にまで行かされて)問題を答えさせられるもののわからずにとても恥ずかしい思いをし先生からはぼろくそに言われる、という経験をした人はそこそこの数いると思う。

大体こういう経験をしてしまうと後の人生で人前に立つことに過度の恐怖を抱きやすい傾向にある。

言うなれば人前に立つことがトラウマになってしまったということだ。

 

子どもの頃の一瞬の出来事がいとも簡単に生涯響いてしまうトラウマになる。

人は簡単にトラウマを持ってしまう。

そしてトラウマを与えた側(この書き方でいいかわからないけど)はトラウマを与えたどころか、(この先生の場合だと)生徒のためを思ってやったとか言い出すから性質が悪い。

あげくは「いつまでそんなこと気にしてるの!」やら言い出す人も現れる。

 

ここから僕の思いです。

こうも簡単に人はトラウマを持つのだから、世の中にはトラウマを抱えている人はたくさんいる。

だからそういった人たちに対して、ほんの少しでも寛容になってくれればなと願っている。

「トラウマであってできない」というのももちろんTPOもあるし、一言では語りきれないけれど、いつも「できるようになれ!(この考えも大切なときはあるけれど)」ではなく、「それなら仕方ないな」と寛容に受け入れてくれる場面が少しでも増えてくれたらなと思い続けている。

 

トラウマだけじゃなく、メンタル系のことって「自分がどうにかする部分」と「周りの環境に影響される部分」ってのがあると僕は思っていて、自分がどうにかできるなと感じる部分を一生懸命やっているならまずはそれでOKでいいんです。

あ、でもできないことを声を大にして「できないんだよね~」という必要もないです。

できることを淡々とすることで、見てくれている人は必ず見てくれています。

 

はい、てことで今日もよろしく